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クリスマス①

クリスマスの本①.JPG

逢ふまでの時間を書肆(しょし)にクリスマス  阪口 和子(『鷹』2003年2月号)

 一刻も早く逢いたいひととの待ち合わせ。ついつい約束よりも早く来てしまった。逢いたい気持ちを紛らわせようと飛び込んだ書店。目についたタイトルのものをパラパラめくるうち、心も少し落ち着いてきた。こんなところに探していた本が!などと見ていると、そろそろ時間。その瞬間からもう、気になった本のことはすっかり忘れて、待ち合わせの場所へ。もう待っててくれてるかしら?急がなきゃ…。


 日本のクリスマスというと、おおかた、子どもにはサンタクロースからプレゼントをもらえる日、若い人には大事なひとと過ごす日ということになっているようですが、キリスト教国のドイツでは、イエス様ご生誕を家族で祝う日。クリスマスには、離れて暮らす子どもも親元に帰って一緒に過ごします。ちょうど、日本でお正月を実家で過ごそうとする人々で混雑するのと同じような光景が見られます。
 24日の午後になるとにぎやかだったクリスマスの市も終わってしまい、街はひっそり。小さな子どもがいる家では、ツリーの飾り付けがまだなら、子どもを居間から閉め出しておおわらわ。ドイツでは、クリスマスの贈り物は天使のような姿をしたクリストキントがツリーの根もとや脇のテーブルにそっと届けてくれる、といわれているのです。
 24日の夜にはミサに行くため、家庭によって違うかもしれませんが、正餐は25日26日の昼。ドイツ語でクリスマスをWeihnachtenヴァイナハテンと複数形で表すように、クリスマスの祝日は25日26日の2日間なのです。街はいっせいに休むので、教会の鐘のほかは物音がしません。また、教会に行ったり、散歩に行くほかは外出もしません。私が子どものころまで、あるいは90年代に大手スーパーが元日営業を始めるまでは、物音がなくハレの日特有の厳かな空気が流れていた日本のお正月と似た感がありました。
 私が滞在していた家庭では、2日間とも昼が正餐。メインは、鵞鳥のローストGaensebratenゲンゼブラーテン、食後には、確かゼリーのほか、チョコレートとナッツのトルテ(デコレーションケーキ)でした。
 ちなみに、シュトレンは、このときいただいた記憶がありません。その家では、ギムナジウムの低学年とその卒業試験にあたるアビトゥーアを控えた(だいたい中学1年と高校3年にあたる)2人の男の子のお母さんは小学校の先生もしていたので、シュトレンは作らず市販のもの、すでにアドヴェントのうちになくなってしまっていたかもしれません。
 メインのゲンゼブラーテンは、2日目の26日も同じ。ご馳走といえども毎日似たようなものをいただくことや、街の静けさ、それに家族が集まること、外出といえば教会と神社の違いやその信仰に違いはあっても祈りに行くことなどを考えると、ドイツのクリスマスは一昔前のお正月によく似ています。

 ところで、クリスマスの句の作者阪口和子さんについては、同じ『鷹』の方でも私は存じません。ドイツとは違い、クリスマスでも書店やレストランが開いている日本のクリスマスです。しかし、俳句で「逢ふ」という文字を使ったら、恋の句。大事なひとに逢う前を詠った句です。野暮な詮索や説明は抜きにしましょう。逢う前の気持ちそのものは詠まれていませんが、詠まれていないからこそ、この句を読んだ瞬間に自分の経験がパッと蘇るのではないでしょうか。冒頭の鑑賞は、あくまでも私のイメージ。どうぞ、詠んだ方が自由に思いを巡らせてください。
 俳句は、読者が想像できる余地のある、そしてその自由が高い詩です。風景句ばかりでなく、恋の句もあるのです。

 写真は、ドイツに着いてすぐに買った本。ハノーファーのメッセでした。私の大事な本のひとつです。