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ピンクのスターチスとスイトピー

ピンクのスターチス②横.JPG

 先週の定休日から今週の水曜日まで、実店舗は連休させていただいていましたが、その間ひいた風邪のせいか、あるいは休みボケのせいか、まだエンジンがかかりません。そうこうするうちに、早今週の営業も明日の日曜1日になりました。

 ところで、休み明け、久しぶりに買い物に行って、野菜の値段に少々びっくりしました。ちょうど、旬の境い目でしょうか。花も種類が少なく、値段も高め。おまけに欲しくなるようなものがなく、困った結果が写真です。
 メインの花は、ローズピンクのスターチス。写真ではわかりにくいかもしれませんが、ローズピンクの花の中心に白い小花もついています。この引き立て役にピンクと白のスイトピーと、マーガレットを小さくしたようなマトリカリアを使って、春らしくまとめました。背景はブプレリウムと庭のキイチゴを剪定した枝です。右のキイチゴの枝先に葉が見えますが、これは今春開くべき葉が暖冬で開いてしまい冬越ししたもの。正常なのは、左側に見える枝のほうです。

 この庭のキイチゴからも想像していただけると思いますが、モミの木の界隈ではいまやっと梅が満開。ときどき写真でご紹介している辛夷もまだ蕾で、桜が満開になった東京とは異なり、まだ春浅し、春寒しです。

モミの木のあたりでは、桜の開花は例年4月中旬のようですが、今年はどうでしょうか。追って、随時ご連絡の予定です。どうぞ、乞うご期待!

シュトロイゼルクーヒェン③

シュトロイゼルクーヒェン ホール・サイド.JPG

シュトロイゼルクーヒェン②

シュトロイゼルクーヒェン ホール・カット.JPG

シュトロイゼルクーヒェン①

シュトロイゼルクーヒェン ホール(皿)① .JPG

ティーコジー 梅の花

ティーコジー 梅の花②.JPG

ティーコジー 大

ティーコジー 大②.JPG

ティーコジー 紺

ティーコジー 紺②.JPG

ティーコジー プロヴァンス

ティーコジー プロヴァンス①.JPG

お粥とミルヒライスの話 

ペーパーバック(カウンター).JPG

 くつくつと笑ひだす粥春の風邪  岡田靖子 (『鷹』2001年6月号)

 現在19日月曜日から28日水曜日まで実店舗のお休みをいただいておりますが、せっかくの休みというのに風邪で寝込んでいます。
 実店舗では小学生以下のお子様連れをご遠慮いただいているせいか、学校の休みの日はお子さんがいらっしゃる女性やお孫さんの面倒を見ていらっしゃるお客さまのご来店がありません。そこで、春休みの間は実店舗はお休みにして、ふだんできない用事を片付けよう…と目論んだのですが、ひたすら薬を呑んで横になるのみ。ようやく峠を越えたものの、こういう時に読みたい本もなくて、もったいないなどと思っています。

 『春の風邪』は、歳時記にも「それほどおもくはなく」、「あたたかくなった日ざしの中、家で休んでいたりして、情感がある。」と説明されているとおり、大したことはないというイメージがありますが、今回は春の風邪だからと侮って、あと1日…と無理をしたのが失敗。悪化させる原因になってしまいました。とにかく風邪は先手必勝。ずる休みのように思える段階で休むくらいでちょうどいいのかもしれません。もっとも、ひかないに越したことはありませんが。

 ところで、風邪というと掲句のようにお粥ですが、私の場合、お粥は七草粥や小正月の小豆粥のみ。それ以外実際風邪をひいてお粥を食べたのは子どものとき以来ありませんが、ドイツにいたとき小学校の給食でMilchreisミルヒライスが出たことがありました。
 このミルヒライス、どんなものかご存知でしょうか。映画『ベルリン天使の詩』のなかで、天使役のブルーノ・ガンツが読む≪Als das Kind Kind war, アルス ダス キント キント ヴァール≫「子どもが子どもだったころ」で始まる詩が何度となく挿入されるのですが、そのなかに≪wuergte es am Spinat,an den Erbsen,am Milchreis und am geduensteten Blumenkohl,≫と続く箇所がありました。これは、ほうれん草やえんどう豆、ミルヒライス、蒸したカリフラワーは飲み込むのに苦労した、苦手だったという意味で、パンフレットでは確かミルヒライスが単なるライスになっていました。どうやら訳者はミルヒライスを知らなかったようですが、ドイツで食べたライスは苦手ではないけれど、ミルヒライスは大の苦手の私からすると、ライスとミルヒライスは大違い!なのです。
 Milchが牛乳ということがわかれば、牛乳で煮たReisと想像がつくと思います。現に、私がその数年後に買った『独和大辞典』には、「米を牛乳でやわらかく煮たもの」という説明がありますが、肝心の味の説明がありません。
 ドイツでもReisを食べることは先日のチキンライスの回にふれたとおりで、給食で出た、ささみのソテーを生クリームのソースでかるく煮たものに付け合せのReisをあえていただくのは美味しかったことも記しましたが、これは違うのです。甘い!のです。要は、牛乳のお粥、牛乳のリゾットですが、塩気はなく、甘いのです。
 ミルヒライスが昼の給食のときは、これ一品。ほかに、おかずもデザートもありません。私が何も知らず、初めて食べたときの驚きと言ったら!見た目は、具のない牛乳のお粥です。きょうのお昼はさみしい…とおもむろに一匙口に運ぶと、塩味の牛乳のお粥と思ったものが、甘い牛乳のお粥だったのです。
 ありがたいことに、この学校では給食は全員がとるものではなく、1週間前に発表される献立を聞いて各人が希望する日のみ頼むというシステムでした。そのため、ミルヒライスのときはライ麦パンのサンドウィッチなどを用意することで、私は事なきを得ました。
 もし、このミルヒライスが食後のデザートやおやつとしていただくのならば、よかったかもしれません。例えば、「ぜんざい」は好きでも、給食が「ぜんざい」だけだとしたら、喜ぶ子ばかりではないでしょう。
 しかし、何といっても甘いごはんそのものに対する抵抗は消えません。もっとも、子どものころ私の家では、風邪をひくと、いわゆるお粥ではなく、食パンを牛乳で甘く煮た「パンがゆ」が定番でした。考えてみれば、牛乳と砂糖で甘く煮たものが、パンかごはんの違い。そのパンのほうを喜んで食べていたのですから、ミルヒライスのことをうんぬん言う資格もないかもしれません。なお、小正月のときに食べる小豆粥は、お粥にあらかじめ茹でた小豆と餅を入れて煮、塩で味を調えたもの。小豆だからといって甘いお粥ではありません。

 写真は、ガスレンジの前のカウンター。ここ以外にあちこちに2階の本棚からあふれたペーパーバックを並べています。本は全て英語。子ども向けの本のほか、赤毛のアンやクリスティーなどもあります。
 お茶のお客さまには、図書館のようにゆっくりしていただきたいのですが、なかに欲しいというお客さまもいらっしゃいます。そこで、古物商の免許も取り、販売できるようになりましたが、値つけまで手が回りません。関心がありましたら、どうぞお問い合わせくださいませ。
 

臨時休業のお知らせ

 先にお知らせしておりますとおり、月・火の定休日以外に、実店舗は3月中水曜日もお休みとさせていただいておりますが、今週は所用により、来週の水曜日まで連休させていただくことにいたしました。
 4月は、月・火の定休日以外は平常どおり営業の予定です。
 誠に勝手ながら、よろしくお願いいたします。

ショコラーデンクーヒェン③

ショコラーデンクーヒェン再③.JPG

ショコラーデンクーヒェン②

ショコラーデンクーヒェン再②.JPG

ショコラーデンクーヒェン①

ショコラーデンクーヒェン再①.JPG

新・ショコラーデンクーヒェン2種

ショコラーデンクーヒェン2種・赤いお皿.JPG

新・ショコラーデンクーヒェン2種

ショコラーデンクーヒェン2種.JPG

マフィン

マフィン・赤いお皿.JPG

マフィン

マフィン・銀トレー②.JPG

マフィン

マフィン・銀トレー①.JPG

春の雪

雪晴の辛夷の芽(3月13日).JPG

 日曜日の日中舞っていた風花が夕方から雪になり、月曜日は1日中降り続きました。
 火曜日はよく晴れて、結局積雪は10cmほど。雪には何種類かあって、私は雪掻きの楽なもの、つらいものとに分けています。つらいものは、軽くて風に飛ばされやすく、雪掻きのしにくい粉砂糖状の雪と、水を含んで重く、スコップの雪を投げ捨てるのも大変なザラメ状の水雪。ありがたいことに、今回は白砂糖状で、掬ってもスコップからこぼれ落ちることもなく、かと言って水分がありすぎて重いわけでもなく、さくっと掬っては投げ捨てられる、とても雪掻きが楽なタイプでした。

 雪掻きをしてできた雪の山はまだ残っていますが、日中の日差しに公園の雪はほとんど解けてしまいました。降っても積もることなく消えてしまう雪や、積もってもすぐに解けてしまう春の雪。このような雪を俳句では「あわゆき」と呼び、「淡雪」ないしは「沫雪」と書きますが、先日の「折々のうた」(朝日新聞)に加藤楸邨(しゅうそん)の句が紹介されていました。

 淡雪の消えてしまへば東京都  楸邨

 東京でも春先に雪が舞って積もることがあります。例えば、夕方降り出した雪は最初のうちこそ大きな切片の牡丹雪だったのが、だんだん小さくなって、見る見るうちに積もっていきます。一面真っ白の東京。家々や街路樹だけでなく、猥雑なネオンも看板もすっぽりと包まれてしまいます。こんな夜は、だれしも電車が動いている間に帰ろうとするのでしょう。人も冬タイヤを付けていない車もぱったり途絶えてしまいます。そしてふだんとはちがう、静寂と景色の雪の夜。庭の植木はこんもりとまるくなり、無秩序なほど思い思いに作られた家々の屋根も白一色です。雪ひとつで、いつもの東京がこんなにも静かでこんなにも美しい。
 それが、次の朝になってみると雪はすっかり上がって、日が差しています。よく降っていたと思った雪もわずか数センチ。すでに屋根の雪は解け出し、さかんに滴が落ち始めています。都心では昼ともなればすっかり雪は解けてしまい、道路も乾ききってしまいます。昨夜の雪は、跡形もありません。嗚呼!人の流れも車の騒音も、猥雑な看板もいつもどおり。昨日の静かな美しい街は消えて、いつもの東京、いつもの日常です。
 呆気なく消えてしまった雪と呆気なく戻ってしまった日常の光景に、うらめしくもさみしく思う気持ち。もう少し、夢を見させてくれてもよかったのに…。東京に住んでいたころ、私は雪が消えてしまうたびに、つまらない、物足りない気分になったものです。
 そんな気分を下五の「東京都」という、地方公共団体の名称を使った表現が表していると思います。東京といえば人それぞれにイメージがあって、親しみを込めて呼ぶこともできますが、「東京都」という行政単位の名称に親しみは持てません。主観は一切述べられていませんが、「東京都」という表現から、雪の消えてしまったいつもの東京の光景だけでなく、それを眺めて少々憮然としている作者の表情まで見えてきました。

 今年はあとどれくらい雪が見られるでしょうか。梅は五分咲きといったところで、辛夷の芽はご覧のとおり。元日の写真に比べて大きくなりましたが、開花までもう少しかかるでしょう。早く辛夷の花が見たいという気持ちもありますが、まだ雪を待つ気持ちも消えません。雪の珍しい土地に生まれ育った方なら、次の波郷(はきょう)の句にも共感されるでしょう。

 春雪三日祭の如く過ぎにけり  石田波郷

 先の楸邨の句は雪の消えてしまったさみしさ、物足りなさを詠っていますが、波郷は思いがけず春の雪が三日続き、昂揚した満足感を詠っています。なお、五・七・五の上五(かみご)は字余り。「しゅんせつみっか」と一息に詠み、軽く小休止をおいて、一気に「まつりのごとくすぎにけり」と詠みます。この張りのある調べにも波郷の昂揚感が現れていると思います。俳句では、主観は述べなくとも、調べや表現の仕方ひとつで作者の思いや気分を伝えることができます。特にこの句は、お腹に力を入れて詠むべき力があります。東京ではもう春の雪は期待できないかもしれませんが、桜が咲いてから牡丹雪が舞った年がありました。ぜひ心に留めてほしいと思います。

実店舗水曜日の休業について

 店内に掲示をいたしておりますが、実店舗のみ、3月の水曜日の営業はお休みさせていただきます。
 4月より水曜日の営業をいたします。
 勝手ながらよろしくお願いいたします。
 
 

コデマリ

コデマリと『イエズス誕生』.JPG

 ようやくご近所の梅が開花しました!
 仙台では先週梅の開花宣言がありましたが、仙台北部の「モミの木」の近くではようやく梅の蕾がほころび始めたところです。火曜・水曜と暖かかったのですが、きのう今日は寒のもどり。午前中は風花も舞ったので、満開は来週でしょうか。下手をすると、静岡の桜(予想では開花は13日だそうです)に並んでしまうかもしれませんが。

 そこで今週は花も春らしくしました。先週のアルストロメリア(百合を小さくしたような花です)に、コデマリとさくら色のスイトピーとを加え、グリーンのブプレリウムでボリュームを出しました。
 私は、花も野菜やくだものと同様、生産や流通になるべくエネルギーのかかっていないものを選びたいのですが、どうしても外に花がない時期、室内に花を飾ろうと思ってもそれは叶いません。しかし、花の咲く順番はなるべく乱さないようにしています。特に庭などでよく見かける花については、地植えのものが咲くより早く飾ることになっても、いきなり2月に桜を飾ったり、外の梅がまだ開かないうちに桃を飾るのも抵抗があります。
 そのため、先週は新暦の雛祭もありましたが、楽しむのは俳句と本とクロスの色にとどめ、花は桃ではなくピンクがかった朱いろの木瓜(ボケ)。私にとって、雛祭は旧暦で、桃の花はちょうどそのころ静岡では満開になるのもの。まだ、私には桃の花は早いのです。
 そんなわけで、先週の木瓜(ボケ)に続いて、ようやくコデマリの番になりました。花屋さんではひと月ほど前から見かけていましたが、地植えのコデマリはだいたい桜と同じ時期か少し後に咲くもの。いくら何でも梅が咲く前にコデマリも厭だったのです。

 庭では、ようやく黄水仙とチューリップの芽が顔を出し、木いちごも葉が出てきました。
 「モミの木」でも、いちごやシロップ煮のさくらんぼのシュトロイゼルクーヒェンを作るようになり、りんごのお菓子は終わりに近づきました(たぶん4月ごろまでです)。
 季節の先どりもいいですが、自分の季節感とエネルギーの問題などを考えると行き過ぎも控えたいと思っています。

 写真は、コデマリが左右によく開いたので、横向きに。一緒に写っているのは、西原直子さんのパステル画。市川に住んでいたころ、ふらっと入った銀座の画廊でパッと購入しました。
 私は物を買うときはよく考えるようにしていますが、絵に関しては「パッと」が基本。裏を返せば、パッと買えるようなもの以外は手を出さないことにしているのです。また、パッと欲しくならないようなものはあまり心を動かされていない証拠。少し気になったりどうしようか迷うものは、買ってまで自分の物にする必要はない、自分には縁がない、と考えています。もっとも、あれもこれも欲しくてどれか1つに絞るため悩んだこともありましたが。
 このタイトルは、『イエズス誕生』。毎年6月ごろ西原さんはパリに1月ほど滞在して描いているそうで、私が見た個展では、パリの町並みや花の絵が主流。これは異色の作品でした。

椅子の手入れと買い物の話

個室の椅子.JPG

 先日の新聞(朝日)で、ある主婦の方の投稿が目に留まりました。それは、少し前に掲載されたアメリカ在住の日本人女性の投書、『和式トイレに伝統の知恵が』に与(くみ)するもので、身近なものの洋式和式とそれぞれの長所短所をあげ、例えば和式のものの人数やサイズに柔軟に対応できるよさを述べ、「あまり急いで和式を葬るべきではない」という先の投書の主旨を支持しています。

 私のように、ドイツの家庭のお菓子を通してドイツの暮らしも紹介したい!とこんなことをしていると、ドイツ贔屓に思われがちですが、やみくもに何でもドイツのものや欧米のものをよしとするわけではありません。いい面も疑問に思っている面もあります。
 私も、今回の主婦の方の指摘には頷くことしきり。特に、「鼻緒を調節すれば足の形や成長を問わない」という下駄の話に、たまに訪問着の袖を通しては帯や草履に苦しむ私は、忘れていた下駄のよさを思い出し、また同い年の主婦の方に感心しました。

 ただ、一点ひっかかったことがあります。それは、「和式と違って、衣服をはじめ洋式の多くは最後まで使い切ることができず、資源を有効利用できにくいのではないでしょうか。」というところ。ご本人も「洋式の多くは」と断わっていらっしゃいますが、私には、修理をしつつ物を大事にしているドイツの知人の顔が浮かんで、これには諸手を挙げて賛成というわけにはいきません。
 だいたい、ドイツでは日用品以外の物を買うことが少なく、欲しい物は誕生日とクリスマスのプレゼントまで待つ、という人が多く、物選びの時間は相当なもの。じっくり選んで、気に入ったものを大事にする、住宅をはじめ、修理しながら長く使うという暮らしが生きているのです。
 例えば、写真のように、椅子の座面は裏から押すだけで、全く力を入れずに簡単にはずれます。ふだんの手入れだけでなく、布が擦り切れて換えなければならない場合も、取りはずしが簡単なので、修理しつつ長く使えるのです。
 「モミの木」の椅子はせいぜい戦前戦後くらいのイギリスのものですが、どれも座面の交換が楽にできるようにデザインされています。また、修理がしやすいおかげで、あらたに別の人間が買って使いたいと市場も成り立つのです。(ちなみに、これは個室の椅子ですが、カーテンに合わせて赤い生地、また青が美しいリトグラフの前には青の生地、カウンターの前にはモスグリーン、と場所によって座面の色を変えています。)
 しかし、日本には洋式の物はうわべの形しか伝わらず、本来長く使うことを考えて修理しやすくデザインされていることやそれをどう手入れをしながら使っているのかなど、物の全体像まで伝えられていない、そんなものが多いようです。(例えば、シュトレンも然り。あれを日本のようにクリスマスイブに食べるお菓子と思っている方も多いでしょう。詳しくは12月のコラムを。)また、修理が効かず捨てるしかないものは、当然ながらその流通も成立しません。

 確かに日本にも物を大事に受け継ぎ修理をしつつ長く使うという暮らしがありましたが、いまは、特に90年代からのデフレから、長く使えるものよりも安いものという物の作り方と選び方に変わってしまいました。その象徴が100円ショップの興隆ですが、心して物を選ばないと物の寿命は短くなるばかりです。
 私は物を買うときは、そもそも必要か否かを考えたうえで、必要ならば飽きのこないデザインのもの、また多少高くとも長く使える上質のものを選んでいます。また、修理ができるか否かも大切なこと。結局長く使えるものが得であるばかりか、資源を無駄にしない暮らしにつながります。物の買い方ひとつとっても、私には一緒に暮らした明治生まれの祖母とドイツでの暮らしとが影響しています。「モミの木」にあるものも、お店で使うものという視点ではなく、このようなことを大事に選んでいます。
 一人ひとりの物の買い方も、環境に影響が出る時代です。なるべく、物が泣くような買い物は避けたいものです。
 
 

3月6日朝FAXを送られたお客さま(?)へ

 今朝8時すぎにファックスを送られた方がいらっしゃいましたが、白紙が届きました。
 ファックスの機種によって、原稿は上向きか下向きか異なります。確認の上、もう一度お願いいたします。(もっとも、セールスのファックスか、いたずらファックスも考えられますが…。)
 なお、本日火曜日は定休日です。ネットショップのご注文は受けますが、原則として確認のメールはご容赦願います。

2月28日夜ファックスを送信されたお客さまへ

 2月28日夜、ファックスを送信されたお客さま、大変申しわけありませんが、用紙切れのためご注文が
届いておりません。
 恐れ入りますが、用紙を入れましたので、もう一度ファックスを送信していただくか、サイトの買い物かごのご利用をお願いいたします。ファックスですと、文字が読み取りにくい場合などもありますので、ネット経由のほうをおすすめいたします。
 大変ご面倒ですが、よろしくお願いいたします。