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実店舗営業日変更のお知らせ

 誠に勝手ながら、実店舗の営業日を以下のとおり、変更いたします。

 営業は、木曜・金曜・土曜日の3日間のみといたします。
 営業時間は、11:00~18:30(17:30ラストオーダー)で変わりません。
 急な変更ですので、ご予約をいただいた場合のみ、水曜・日曜は営業いたします。

 なお、ネットショップは現状どおり、月曜・火曜定休で、水曜~日曜11:00~18:30の営業です。

 お客さまには、大変ご迷惑をおかけいたします。
 どうぞ、ご了承くださいませ。

紫陽花

紫陽花④.JPG


定休日の火曜日、街に出たついでに水色の紫陽花を買いました。ちょうど雨が降ったり止んだりの梅雨らしい天気で、少し肌寒くもあったので、コットンのニットをはおっていたのですが、偶然服と同じ水色の花を選んでしまいました。ただ、紫陽花は水あげが難しいので、花にとっては、室内に飾るよりも外に咲いているものを楽しむべきとも思いますが、やはりこの時期になると愛でたくなってしまいます。

 ところで、紫陽花というと梅雨の花、5月の下旬から咲き始めて盛りは6月、せいぜい7月に梅雨が明けるまで、というのが私のイメージです。しかし、梅雨入りが遅い地方ではその花の時期もずれます。実際、このあたりではようやく6月も半ばを過ぎて紫陽花の毬もそれらしくなり、色も目立つようになりました。
 そのことにようやく気がついたのが札幌時代。札幌では紫陽花の開花はさらに遅く、8月ごろだったと思います。私は、立秋を過ぎて咲く紫陽花を奇異に思ったものですが、10月を過ぎて気温も10度を下回り暖房が必要になっても咲き残る紫陽花には憐憫の情を禁じえませんでした。
 
 そんな経験があったことから、紫陽花の句で真っ先に浮かぶのが、杉田久女(ひさじょ、明治23年~昭和21年)の次の句。

 紫陽花に秋冷いたる信濃かな  久女

 紫陽花は夏の季語になっていますが、この句の場合、季語は、信州のどこかで目にした紫陽花自身ではなく、肌にひんやり感じる「秋冷(しうれい=しゅうれい)」。秋の句です。
 いまの時期の句ではないのに紹介したのは、紫陽花の句でほかに思い浮かぶものがなかったからです。おそらくほかの花の場合でも言えることですが、自分の庭などにあってよく目にする花の句は、あまりに卑近な個人的な内容になってしまい、一般的に普遍性がありません。そのため、紫陽花に誘発されて句を作ることはよくなされても、それを別の人間が共感し、その時期になると自然と思い出されて楽しめる句ができるわけでもないようです。実際、あらためて歳時記や『鷹』などをひっくり返してもぴんと来るものがありませんでした。
 もっとも、ぴんと来るような句であれば、わざわざ探すまでもなく記憶に残っていたはずですが、作句からしばらく遠ざかっている身にもしっかり根付いているのが、久女の句だったのです。.久女は南国生まれで、お茶の水高等女学校を卒業後、結婚後九州の小倉に移ってから俳句を始めました。そのせいか、おそらく、まだ残暑の厳しい土地から来た久女には、信州の秋は思いのほか冷えたのでしょう。秋冷とは、残暑のあとようやく訪れた快適な涼しさとはちがい、一枚上にはおるものが欲しくなるものだと思います。おまけに、九州では梅雨が明けてからはすっかり勢いをなくし、目にすることもなくなった紫陽花が咲き残っているのも奇異に写ったことでしょう。自分は一枚はおるものが欲しいくらいなのに、信州ではまだ冴え冴えと紫陽花が咲いている。句では具体的に久女自身の気持ちは述べられていませんが、最後の「かな」の一語に、信州と花に対する驚きと賛辞とが込められているように思います。
 こう思うのは、私が札幌でそのような経験をしたからですが、作者自身の気持ちが述べられていないからこそ、自由に想像できるのです。以前にも書きましたが、写生だからこそ、読み手の想像が広がるのです。作者側からすれば、違う!という反発も受けるかもしれませんが、あくまでも私の鑑賞にすぎません。読み手一人ひとりに異なる鑑賞があっていいと思います。どうぞ、これを読んでいらっしゃる方も私の鑑賞に囚われることなく、読んでみてください。ただ、秋冷のころ咲いている紫陽花を目にしたことがないと難しいかもしれませんが…。

 今回は水色の紫陽花でしたが、ピンクの薔薇にあわせて植えたラベンダーの穂も紫が濃くなってきました。咲きそろうまでもう少しです。

カーネーションとレースフラワー

カーネーションとレースフラワー②.JPG


 6月の上旬から20日間にわたって咲き継いでくれたシュネーヴァルツァー。昨夜の激しい雨にあたって崩れてしまったものを切ってとうとう終わりです。残るは、店内に飾っている1輪と、形が少々悪くなってしまっても香りを楽しむため、北側の窓辺に置いているもののみ。
 一方、ピンクの小花の薔薇はラベンダーより一足早く咲き始めていますが、ラベンダーの穂も大きくなり始めています。今年は、雪が少なかったことと梅雨入りが遅れたおかげで、花が早いようです。
 
 さて今週の花ですが、またしても主役はカーネーション。ここ数ヶ月花屋さんに行っても花の種類が狭まってしまったので、色で工夫をするしかありません。カーネーションはこれで何度めでしょうか。私自身も少々飽きてしまっているのですが、花瓶の色と奥にさした赤い葉のドラセナに対してバランスのよい色だと思います。
 このローズピンクに黒を少し混ぜたようなカーネーションを生かすために加えたのがレースフラワー。白の小花が集まって毬状になっています。
 その他の背景のグリーンは、すべて庭のもの。葉の大きなキイチゴと香りのいいアップルミントのほか、白い花が咲く名前も忘れてしまった花。実はこんなに丈夫とは思わず、宿根草といっても一夏だけだろうと思い、名前も覚えなかったのです。おととし、花が終わったものを期待もせずに庭に植えたところ、仙台の冬も無事越冬し、たいした世話もしていないのに株も大きくなってくれました。まだ蕾ですが、これからしばらく楽しめると思います。

 ところで、梅雨といえば紫陽花ですが、仙台ではまだビオラやパンジーが元気で、紫陽花はまだ毬も小さく、早いものが色づき始めたところ。紫陽花の見ごろにはもう少し時間と雨とが必要でしょう。きょうは、昨夜の雨が上がったものの梅雨空が広がっていましたが、夕方には黒みがかった朱色の夕焼け。紫陽花には可哀想ですが、明日は晴れかもしれません。

6月17日は臨時休業

 都合により、6月17日日曜日は実店舗ならびにネットショップともにお休みさせていただきます。

 ネットショップにてご注文をされた場合、17日は確認できません。
 ご注文後自動送信のメールが届きますが、お届けの日にちは20日水曜日にご連絡いたします。
 お届けは、早くて22日金曜日以降です。

 勝手ながら、ご了承願います。

『はらぺこあおむし』

はらぺこあおむし.JPG
 
 最近は薔薇の葉を食糧にしている毛虫や青虫の退治が日課ですが、きょうも私の小指よりひと回りも大きな青虫を発見。ティッシュでつまみ、向かいの公園に移ってもらいました。青虫の場合はまるまる太っているので、必ず平和的解決を選択しているのです。

 そんなことばかりしているので、先日3日に紹介したサリーちゃんの本にかわって、窓辺にはドイツ語版の『はらぺこあおむし』を置いています。

 ご存知の方も多いと思いますが、あおむしが蝶に成長するまでに食べたものが楽しい切り絵になって、こどもが数やくだものの名前を学べるようにもなっています。
 そのなかに、毎日くだものを食べてもお腹を空かせていたあおむしが、生まれて7日めの土曜日、チョコレートケーキやぺろぺろキャンディー、アイスクリームにきゅうりのピクルスや薄切りのソーセージなどたくさんのものを食べて、とうとうお腹が苦しくなる場面があります。私は英語版も日本語版も知らないのですが、日本語版でもあおむしは同じものを食べたことになっているのでしょうか。このほかドイツ語版であおむしが食べたものは、チーズ、日本でいうウインナーにあたるもの、メロン(絵はスイカ)、カップケーキにドライフルーツがたっぷり入った焼菓子フリュヒテブロートです。特に最後のフリュヒテブロートは日本のこどもには馴染みがなさそうですが、きっと、原作に忠実に、かつ日本のこどももすっと受け入れられる表現が工夫されていることでしょう。

 ドイツ語ですが、何度も読まれていれば日本語が浮かんでくると思います。ぜひ、お手にとってみてください。

薔薇のアーチ

薔薇のアーチ 07.06.11.JPG


 花のおかげで、アーチもやっとアーチらしくなりました。

 右手のピンクがラヴィーニア、左手がシュネーヴァルツァーですが、いくつか切ったので少々寂しくもあります。
 
 花はまったくかまってやれず、愛でるばかりなので、毛虫を見つけたら退治は責任を持ってやっています。時にあまり大きくなってしまったものは、向かいの公園に移ってもらって、そちらで成長してもらうことにしています。ティッシュでつまむと、毛虫というだけあって毛がつくこともありますが、私の仕事の一部。根を詰めてお菓子を作ったあとには、庭仕事もいい気分転換です。

 庭では、ジューンベリーが赤くなり始めました。夏至のころには熟れそうです。

薔薇③

シュネーヴァルツァー.JPG


シュネーヴァルツァーがつぎつぎ咲き出しました。

 「雪のワルツ」の名前のとおり、花色は「白」に分類されていますが、実際は、林檎の果肉のような生成。中心にうっすら赤みがあります。 花は白が好きなのですが、薔薇の場合花びらの形によっては近寄りがたい雰囲気にもなるので、純白ではなくこのようなカジュアルな色にしたわけです。
 開くとふつうの薔薇の2倍はあろうかという大きさ。そのためとても脆く、散り始めるとすぐに崩れてしまうので、満開になったものはなるべく早く切るようにしています。切ったものは、皿に水を張って、北側の窓辺に。2,3日優雅な香りを楽しめました。

 ところで、薔薇というと、中村草田男の次の句を思い出します。

 手の薔薇に蜂くれば我王の如し

 少し自己陶酔的でもありますが、「我王の如し」という比喩から、手にした薔薇のそれだけ華やかな様が思い浮かびます。きっと、花びらが何枚も重なった大輪の薔薇でしょう。色は何色でしょうか。ピンクやオレンジ色ではないとして、赤ではカルメンのような情熱的な女性のイメージが濃厚です。草田男の他の句から受ける印象では、このような生成か黄色が似合うような気がします。
 そんなわけで、シュネーヴァルツァーは、まさにこの句のイメージ。この薔薇を見るといつも草田男の句が浮かんでくるのですが、この何枚も花びらが重なり合った姿を見ていると、毎度のことながら、薔薇という漢字が見事にその姿を映していることに感心してしまいます。
 例えば、漢字ではなくカタカナでは、このような大輪の花の姿が想像されません。「バラ」と書くと、もっと小ぶりの花で、あえて言えば小悪魔的な感じ。私にとっては、「王」ではなく、カルメンのイメージになってしまいます。以前カーニバルの「薔薇の月曜日」の稿(2月22日)では、「薔薇」という漢字が偶然にも、カーニバルのごったがえした様子や無秩序を表しているような気がすると書きましたが、実物の花を見てつくづく、漢字は情報密度が高いと思います。

 ついでながら、9月12日のコラムで草田男の「葡萄食ふ一語一語の如くにて」を紹介いたしましたが、この句の比喩からも、直接表現されていないものの、草田男が一語一語を噛みしめるように物を読んでいる姿が浮かんできます。どちらの句も比喩が、間接的にもうひとつの事柄を暗示しています。
 また、草田男というと、妻子を詠んだ句が多く、「万緑の中や吾子の歯生え初むる」がよく知られています。まわりの山々もまさに万緑ですが、私が好きなのは先のように草田男自身の姿が現れているもの。

 思いのほか梅雨入りが遅れて、好天に恵まれています。願わくは、花が咲き終わるまでの猶予を。

ブルースターとレモネード

ブルースターとレモネード.JPG

 ここ仙台でも、東京ほどではありませんが少々暑い日もあり、冷たい飲み物のほうが嬉しい日もあるようになりました。

 これくらいの時期になってようやく、目も涼しげなものが欲しくなるので、花も寒色系を使うようになります。そこで、今年はじめて水色の花を使いました。5枚の細長い花びらが特徴のブルースターです。ほかは、花嫁さんのブーケによく使われるグリーンの薔薇レモネード。これだけではこの2つが生きないので、バイカウツギとキイチゴの枝、スターチスとを加えています。

 庭では、シュネーヴァルツァーのほかに、アーチの南側にLawiniaも咲き始めました。明るい、ちょうどこの写真のスターチスのようなピンクの大輪です。カタログの写真よりも少しピンクが強すぎて残念なのですが、これも開発はドイツのタンタウ。ほかの北側のピンクの薔薇も偶然ですが、ドイツのコルデスの開発。こちらはラヴェンダーに合わせてピンクを選んだので、ラヴェンダーと一緒の写真をご紹介できたらと思っています。ラヴェンダーの開花は7月ですが、今年は少し早いかもしれません。乞うご期待!

薔薇②

薔薇② 07.06.08.JPG

 満開のシュネーヴァルツァーです。

薔薇①

薔薇① 07.06.08.JPG

 大した面倒も見ていないのですが、薔薇が咲き始めました。
 西側のアーチの薔薇です。
 名前は、Schneewalzer シュネーヴァルツァー、「雪のワルツ」。名前のドイツ語が示すとおり、開発はドイツのタンタウで、1989年のもの。ちょうど私がドイツにいたころです。
 直径12cmの大輪。雷雨などにあって、花が崩れないよう早めに切るつもりです。
 

マリーとサリー 犬の話

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 2,3年前に「モンドヴィーノ」というワインをテーマにした映画がありました。現在のワインの潮流とその問題点とを世界各地の産地に訪ねて、浮き彫りにしたものですが、同時に犬の映画でもありました。そのような表現は適当ではないかもしれませんが、少なくとも私には「犬の映画としても楽しめる」映画でした。
 映画はまず、高齢の女性が何かおしゃべりしながら、大きな塊のチーズを切り分ける場面から始まります。それをお伴にワインをあけたらさぞ・・・と思っていると、何とそれはピレネー犬のえさ。カメラはしばらく犬が床に寝転んでチーズを大事にかじっている様子を映していますが、やがて、その女性こそとびきりのワインの生産者で、語っていたのはワインを作るようになったいきさつだったことがわかります。
 そして、いろいろな産地を訪ねると、大手のワイナリーは別ですが、小さな葡萄農家やワイナリーには必ず犬の姿がありました。映画の最後の場面は小さなカフェか食堂のテラスですが、カメラが追っていたのは、ワインを楽しむ人たちというより、客に連れてこられたメス犬とその気を惹こうと懸命な、おそらく1人暮らしであろうオス犬のほう。2匹の犬が目出たく睦まじくなるところまでカメラがねばって、映画は終わるのです。

 犬から始まって犬に終わるワイン映画。ワインの映画なのに、こちらの頬がゆるんでしまうほど犬が登場したのです。監督の意図はともかく、ヨーロッパではワインも犬もそれだけ暮らしに溶け込んでいることの証だと思います。
 実際ヨーロッパに行くと、大都市の真ん中でもよく犬を見ます。よその国のことはわかりませんが、ドイツでは、犬もレストランや地下鉄・バスなどの立ち入りが許されています。また、そのような人混みに連れてこられるような犬は、興奮することなく、落ち着いたもの。俗に「犬とこどものしつけはドイツ人」と言われますが、犬に関してはそれを裏付けるような犬ばかりです。
 私がお世話になっていた2軒の家にもそれぞれ犬がいました。焦げ茶の雑種のシンキーSchinkie(?)とポインターのルートヴィッヒLudwig。シンキーはおそらくラブラドールレトリーバー系の雑種で、人なつっこく、犬が苦手だった私でもすぐに手懐けられ、テレビを見ていると隣にやってきて、おなかを出すほど。夕方や日曜の午後はよく、男の子と一緒に散歩に行ったものです。一方、ハイディーとペーターのところのルートヴィッヒは、もともと猟犬向きの犬。シンキーのおかげで、犬への苦手意識はなくなったものの、その名も誇り高きルートヴィッヒにはなかなか気を許すことはできませんでした。

 それでもドイツですっかり犬好きになった私は、実家でもシベリアンハスキーのマリーMarieを飼い始めたのです。マリーは、黒と白のハスキー。真まるい黒の瞳は、まわりがブルーインクのような青で縁取りされ、睫毛も開いた側は黒で、閉じた側は白になっていました。散歩をしていると、下校中の小学生たちから『その犬かっこいいー!』と声をかけられたこともありました。
 以前シベリアンハスキーがブームのときは、週刊誌で「ハスキーは、アホ、バカ、恩知らず」などと書き立てられましたが、それはその飼い主がしっかり犬をかわいがっていない証拠。犬は愛情をかければちゃんとそれに答えてくれます。マリーは、散歩をするとき、家族それぞれの散歩のコースとペースとをしっかりわきまえ、私とはいつもタッタッタッと走ったものでした。
 そんなマリーも逝ってしまって10年。札幌から駆けつけたときには間に合いませんでした。ちょうど今日6月2日が命日です。実家では、柿若葉と紫陽花とがうつくしかったのを覚えています。 

 写真の犬の本は、作者のStephen Huneck (スティーヴン・ヒューネック?)の愛犬Sallyサリーをモデルにしたもの。サリーが海山に行くお話なので、私は5月から梅雨入りころまで窓辺に飾っています。そろそろ仕舞うので、マリーの命日に紹介させていただきました。
 なお、サリーももう逝ってしまったようです。たしかDogangelというタイトルで、サリーの頭上に天使の輪がある作品がありました。

バイカウツギ③

バイカウツギ07.06.02.JPG

 バイカウツギが少し散り始めたので、枝を剪定する前に飾ることにしました。
 庭ではバイカウツギのみかんの花の香りに似た匂いが漂っていますが、室内もその香りになりました。 しかし、香りと言っても、百合や金木犀ほど強くはないので、邪魔にはならないと思います。
 東京や静岡では梅雨入り前から紫陽花が見頃でしょうが、こちらはまだまだ。梅雨空が広がる前にもう少し 、青空とこの花を楽しみたいものです。