
先週の火曜日から雨続きですが、カサブランカが咲いてくれました!
カサブランカというと白のイメージですが、スペイン語でカーサ・ブランカ「白い家」という意味だそうです。
実は白も植えているのですが、レモンイエローの方が先にきょう開きました。
甘いながらも清々しいラヴェンダーに比べると、甘く重い香りですが、百合もやはり香りあってこそ。香りがお伝えできないのが残念です。
お伝えできないものといえば、ちょうどきょう今年初めてヒグラシの声を聞きましたが、お伝えできず残念です。また、西側に公園と雑木山があるので、そこからウグイスやホトトギスなどの鳴き声が届くのです。
私は鳥については名前しか知らず、ホトトギスは「トウキョウト、トッキョキョカキョク」と鳴くものだと鵜呑みにしていたほど。本当は「キョッキョ、キョキョキョキョ」と鳴くということもやっと最近気がついたばかりなのです。ちょうど大輪の薔薇のシュネーヴァルツァーが盛りのころ、ウグイスが朗々といくつもの技巧をひけらかしていると、ひとつの歌ばかり不器用に繰り返している鳥がいることに気がついてはいました。しかし、まさかすぐそこで鳴いているのがホトトギスとは夢にも思わず、2度の夏を過ごしてしまいました。
というのも、ホトトギスはてっきり、こだまが返ってくるような深山の鳥と思っていたからです。しかし、歳時記をよく読むと、ホトトギスも托卵する習性があり、ウグイスの巣に産卵すると、孵った雛は他の卵や雛を放り出し、餌を独占して育つそうです。おそらく私が耳にしていたホトトギスも、雌がウグイスへの托卵を果たしたのでしょう。最近ピーピー雛が鳴く声が聞こえますが、もしかしたらホトトギスの雛かもしれません。去年も同じ時期同じ鳴き声の雛が一羽近くで鳴いているのは耳にしていましたが、全く見当もつきませんでした。
ところで、ホトトギスの句というと、杉田久女の「こだまして山ほととぎすほしいまま」が思い出されます(「こだまして」のこだまの漢字が出ません。ちょうど谷と牙とを1文字にしたものです。「まま」の2番めのまは文字の重なりを表す文字です)。先日紫陽花の句も久女の「紫陽花に秋冷いたる信濃かな」を紹介しましたが、そのころも頻りにホトトギスが鳴いていたので、「こだまして・・・」の句がよく浮かんだものです。
久女は、まさにわが世の春を謳歌しているホトトギスを詠っていますが、ホトトギスの句ではほかにも思い出されるものがあります。
天近き田も水足らひほととぎす 藤田 湘子(『神楽』)
湘子先生の句には、どこか山の上まで広がる棚田の光景が浮かんできます。田植えがすんでしばらくのあいだ、稲は十分水に浸かっていなければならないそうですが、その時期の景でしょう。植えられたばかりの苗と苗との間はまだ空いていて、水が十分行きわたっているのが見えます。水は、どこからか山の湧き水を引いたものでしょう。清冽な田水と幼い苗。風が渡ると、田にさざなみが立ち、苗がそよぎます。向かいの山からはホトトギスの声・・・。
こんな心を洗われるような景を目にしたことはありませんが、私などは句から離れて、このような環境のところで作られるお米はさぞ美味しいだろうと余計なことまで考えてしまいます。
実は、裏の道を雑木山のところで左折せず、右手に降りて行くと、古い小さな集落があり、農業をしていらっしゃる家も何軒かあります。4月の終わりごろ田に水が入れられ、連休のころ田植えをするようですが、住み始めるまで、このすぐそばに田んぼがあるとは思ってもいませんでした。しかし、さすがにカエルの声には気がつき、どこから聞こえてくるのか、声のする方に歩いて行って田んぼを見つけたのです。水が引かれた田んぼの畔にサクラが1本、背の芽吹きはじめた山にはヤマザクラがぽつんぽつんと咲いていました。この田んぼのお米もホトトギスの声を聞きながら育つわけですが、残念ながら、清く澄んだ冷たい清冽な水まではないでしょう。
ホトトギスのキョッキョ、キョキョキョキョの声は、ぱたりと止んでしまいました。いつの間にか繁殖期を過ぎたようです。庭では長雨に負けず、カサブランカのほかにも、アーチの薔薇が二番花の蕾を膨らませています。