クリスマスの贈り物
今年もサンタクロースがやって来て、その存在を信じている日本の子どもたちにもプレゼントを届けてくれたことでしょう。
本来クリスマスの意味するとおり、イエスさまご生誕を祝うドイツでは、当然のことながらサンタクロースは無関係ですが、プレゼントは欠かせません。小さな子どものいるプロテスタントの家庭ではヴァイナハツマンWeihnachtsmannもしくはクリストキントChristkindが、カトリックの家庭でもクリストキントが、プレゼントをツリーの根もと、あるいはツリーの脇に置かれたテーブルにそっと届けてくれることになっています。そのため、24日当日や前日はツリーを飾る居間に鍵をかけて子どもの立ち入りを禁じ、大人がツリーとプレゼントとを用意するのだそうです。しかし、私がいた家庭は敬虔なカトリックでしたが、すでに男の子2人は10代だったせいか、クリストキントをめぐって親が苦労することもなく、25日昼の正餐にプレゼントを交換しました。
ドイツの子どもにとって、クリスマスのプレゼントは誕生日の贈り物と同様大きな楽しみですが、カトリックでは12月6日の聖ニコラウスの日も子どもたちがプレゼントを心待ちにしています。それは、子どもの守護聖人、聖ニコラウスから、お祈りや勉強を頑張った子どもへのご褒美。いい子には、お菓子や木の実、くだものなどがそっと恵まれ、怠けた子どもにはお供のルプレヒトからのお仕置きがあるです。6日の朝の食卓には勉強やお祈りを頑張ったとは言えない私にも、くるみやマンダリンやりんご、レープクーヘンやチョコレートが載ったお皿が用意されていました。
一方、偶像崇拝を否定するプロテスタントでは、16世紀には12月6日の聖ニコラウスの日も廃止され、子どもたちへのプレゼントは、かわりに12月24日クリストキントが届けることとされたのです。ただ、同じプロテスタントでも、地域によってはヴァイナハツマンがその役を担うとされ、どちらか一方に統一されているようでもありません。やがて、カトリックにも24日の晩に子どもたちにプレゼントをする習慣が広まると、本来プロテスタントで生まれたクリストキントがカトリックの家庭にも現れて、プレゼントを置いていくことになったそうです。
ところで、サンタクロースの起源は、オランダのシント・ニコラスだそうです。オランダでは、12月5日の晩、スペインから船でやって来たシント・ニコラスが馬に乗り、よい子には暖炉の前に置かれた木靴にお菓子や木の実などを届け、悪い子は従者によってスペインに連れ去られてしまうとされていました。それが、アメリカに渡った移民たちに引き継がれ、次第にシンテルクラース、シンタクラースと呼び名が変わり、18世紀にサンタクロースと呼ばれるようになったそうです。
すでに19世紀初頭にはサンタクロースがやって来る日も24日になっていたようですが、最終的に、トナカイの橇に乗ったサンタクロースの赤い服に白いもじゃもじゃ髭のイメージができるのは、19世紀の後半トーマス・ナストというドイツからアメリカに渡ったイラストレーターが作った原型をもとに、1931年コカコーラがキャンペーンで自社カラーの赤と白とをその服に使ったことがきっかけ(Klaus Kreiter/Alles ueber Weihnachten)。さらに、この赤い毛皮のサンタクロースは、ドイツのヴァイナハツマンにも影響し、それまで、白い毛皮の若くスマートな男性か、はたまた茶色の毛皮につば広の帽子姿の太ったおじいさんだったヴァイナハツマンも、赤い毛皮に白い髭面のおじいさんに変わったそうです。
写真のヴァイナハツマン姿のクマのぬいぐるみは、ハノーファーの狩猟用具の店で購入したもの。狩猟用具店だけあって、素敵なノートと思って見ると獲物を記入する専用のノートだったりしますが、セーターやジャケットからテーブルクロスまでありました。
なお、私にはカトリックの知り合いしかいないので、プロテスタントのクリスマスについては上記の本などで得たものです。しかし、ハノーファーは大半がプロテスタント。ニュルンベルクなどのように、街で天使に似たクリストキントを見かけることはありません。子どもたちには、このぬいぐるみのように、ヴァイナハツマンがプレゼントを届けてくれたことでしょう。