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梅雨の薔薇 u.ラヴェンダープレゼント

ラヴィーニア09年.JPG


 水害に竜巻と凄まじい天候が続いていますが、皆さま無事にお過ごしでしょうか?
 被害に遭われた皆さまには、心よりお見舞い申し上げます。

 こちらは梅雨明けもまだですが、ここ数日は、午前中あるいは一日晴れると雷雨という日が続いています。
 おかげで、懸案のラヴェンダーの刈り取りがなかなかはかどりません。涼しくなった夕方、かなかな(ヒグラシ)の声を聞きながら、鋏を入れる位置がわかるかぎり続けて、きょう、ようやくモミの木の下のものと北側の花壇の半分が終わりました。
 私にとって、かなかなは8月も終わり、残暑の続くころ鳴く蝉のイメージですが、ここでは7月、ラヴェンダーが見頃になるころから鳴き始めるのです。ちょうど、ユリノキのあたりで盛んに鳴いているかなかなに、思わず次の句が浮かびました。

 かなかなや座職は手元昏むまで  (穂曽谷 洋 『鷹』2002年8月号)

 座って、鑿や轆轤などを使う手仕事とは違いますが、私も日が暮れても手元が明るいうちは頑張ろう、切りのいいところまで片付けよう、と刈っているうちに、7時を過ぎてしまうのです。もっとも私の場合は、日に焼ける心配のない時間から始めるのでそれほど仕事をしているわけでもなく、夕方の涼しい風とかなかなの声、それにラヴェンダーの香りに包まれて、一種の気分転換です。
 一方、掲句の場合は、かなかなが鳴き始め、手元が暗くなるまでの一日の労働。一句全体から仕事への誇りと真摯な姿勢、さらに充実感まで感じられて、忘れがたい句です。

 ところで、刈り取ったラヴェンダーは窓辺で風に当てて、乾燥させています。茎がポキっと折れるようになると完成です。花を楽しんでしまったので決して色はいいとは言えませんが、香りは、ピークのときに比べれば劣るものの、それでも楽しめます。
 ご希望の方には、お荷物と一緒に、袋に入れシーラーで封をしたものをお分けします。ご注文の際、通信欄に「ラヴェンダー希望」とお書きください。
 
 なお、写真は、入り口のアーチの薔薇、ラヴィーニアです。
 いつも紹介しているシュネー・ヴァルツァーの片側にあるのですが、同じように肥料をあげて世話をしていても、病気がちで、あまり花つきがよくありません。そのせいでおそらく写真を紹介するのも初めてですが、明るい珊瑚色のピンクが梅雨空に映えています。

 とまれ、これ以上水害の出ぬよう、梅雨明けを願うばかりです。

ホトトギスとカッコウと

北側のバラ09年6月.JPG


 今週は梅雨の中休み。青空のもと、北側花壇ではラベンダーの蕾が大きくなってきました。
 以前、ピンクのバラとラヴェンダーが咲き揃った写真を見て、ぜひ…と植えたのですが、なかなか6月のバラのピークにラヴェンダーが間に合いません。ラヴェンダーの見頃は、今年も7月上旬になりそうです。

 今年は、玄関のアーチに植えた、大輪の象牙色の薔薇、シュネー・ヴァルツァー(ドイツ語で「雪のワルツ」の意)が、晴天の続いた去年とは違って花が傷みやすく、あまりぱっとしないまま終わってしまいました。
 しかし、写真のピンクのバラ、ボニカ'82は、雨の影響をあまり受けず、またアブラムシにも負けず、たくさんの花をつけてくれています。おまけに花びらも1輪につき30~50枚あるので、散った花びらを始末したり、散りそうなものを摘んだりしなければなりませんが、とてもいい気分転換になっています。

 と言うのも、花がらを切るときにどうしてもラヴェンダーに触れてしまうのですが、そのとき、さっとラヴェンダーの香りが立つのです。甘みのなかにも辛みがある、うつくしい香りです。バジルに似た香りもほのかにします。
 そして、ウグイスの鳴き声とホトトギスの声!去年は、工事のせいでホトトギスの声は2度しか聞けませんでしたが、夕方庭仕事をしているとよく鳴いてくれています。

 この時期には、蛙の声が混じったり、夜にはアオバズクの声を聞いたこともありますが、何と、カッコウの声も聞かれるそうです。
 カッコウと言えば、喜納とし子さんの「郭公やサラダのような朝が来る」という句がありますが、カッコウの声など朝霧の立ち込める軽井沢にでも行かなければ聞かれないものと思っていました。何とか、家に居ながらにしてカッコウという幸せに与りたいものです。

 なお、実店舗はご予約のみで、ご予約の時間以外全く開けていませんが、ネットショップは通常どおり営業しています。
 最近コラムの更新をしていなかったせいで、心配をおかけしてしまいました。単に勤勉ではないだけです。お赦しくださいませ。


梅雨御見舞申し上げます

ユリノキの花と雲09.6.14.JPG


 こちらも先週10日の梅雨入り宣言どおりの梅雨空が続いています。
 5月はコラムを怠けてしまい、心苦しいかぎりですが、みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
 雨続きには少々気が滅入ってしまいますが、梅雨は梅雨らしい方が稲は順調に育つと言いますから、ここは観念して梅雨を楽しみたいものです。
 この涼しい梅雨空を幸いとして、昨日きょうは懸案のスギナ退治(!)をしました。暑いよりは涼しい方が体もラクな上、日焼けの心配がないのが何よりでした。

 写真は、先日の梅雨の晴れ間のユリノキです。電線ばかり目立ちますが、いちばん高いユリノキに今月初めごろから、黄みがかった緑色の花が雨に濡れていました。ぜひ晴れた空のもとで…と待っていたところ、盛りを過ぎ、花も少なくなってしまいました。
 英語でチューリップ・ツリーと言うように、その花はチューリップのようなカップ型ですが、花色も多少黄を帯び、花びらの中心に近い部分には赤みさえあるものの、葉に紛れてしまうような緑色。おまけにヒトの目よりも高い位置に花をつけるため、なかなか人目につくこともないでしょう。

 ゆりの木の花や雲さへ知らで過ぐ  藤田湘子(『鷹』2002年8月号)

 湘子先生によれば、雲にも知られることのない花です。写真の雲も、案の定、気づかずに行ってしまいました。
 私はせっかくの花が顧みられないのが残念で、花の時期は必ず心を留めるようにしています。
 ユリノキはあまり見かけない土地も多いと思いますが、東京では、新宿御苑や小石川の植物園のほか、上野の国立博物館の玄関前にそれは見事なユリノキがあります。もう花は終わってしまっているはずですが、これからは大きなオクラのような形をした緑色の実が見られるはずです(08.8.3のコラム参照)。

 梅雨を楽しみつつ、梅雨の晴れ間も大事にしたいですね。

つぼみ

桜の蕾09.4.7.JPG


 先週は各地でサクラが満開になったようですが、ここ仙台では梅が満開でした。
 ようやく公園の連翹も蕾が膨らんで黄色くなり、いまにも開かんばかり。
 そして、サクラもご覧のとおり。連翹の場所からも、向かい側のサクラの蕾が赤らんでいるのがわかり、見に行ってみると、もうすぐ咲きそうな気配です。

 足下に目を移せば、イヌフグリにツクシ。公園ではまだほとんどの草は冬枯れたままでしたが、庭では早くも先週草取りをしたほどです。
 草を取りながら思い浮かんだのは、湘子先生の春の草の句。
 
 春の草孤独がわれを鍛へしよ  (『鷹』1999年4月号)
 
この句は、まだ俳句を始めたばかりの札幌時代に読み、一瞬、どうして春の草なんだろう、夏草の方が猛々しく生命力旺盛なのに、と疑問に思ってしまったのですが、次の瞬間、長く厳しい冬の間は枯れながらもじっと暖かくなるのを待っている北国の草の強かさと生命力とに思い至りました。
 不遇な時代の孤独を乗り越えたからこそいまの自分がある。そんな自負から生まれた句には、やはり、厳しい冬を経た、みずみずしいながらも逞しい春の草こそ、と気がつきました。
 自分はやわな温室栽培ではない!、といった声も聞こえてきます。
 
 ところで、4月15日は湘子先生のご命日。
 去年は、「滅びても光年を燃ゆ春の星」の句を辛夷の写真とともに紹介しましたが、まだまだ蕾が固く、今年はサクラの方が早そうです。

クロッカス

クロッカス09.3.16.JPG


 万(よろづ)出て肝心の芽のどれがどれ  吉沼等外(『鷹』2003年5月号)
 
 すでに福岡は桜が咲き始めたようですが、ここ仙台ではようやくと言うべきか、はやと言うべきか、梅が咲き始めました。
 この冬は暖冬を実感していますが、それでも当地の3月は静岡や東京の2月並み。まだまだ風は冷たいものの、例年3月下旬ごろ開花の梅が咲いていました。梅一輪と言うより、すでに二分咲き程度。
 気がつけば、生垣の根もとのクロッカスが蕾をつけていました。先週ようやくクロッカスの芽が出たところでしたが、水仙はまだ。1週間の間に水仙も芽を出しました。

 ところで、球根の芽=葉先は特徴があるので、何かすぐにわかりますが、種ものとなると私も自信がありません。草取りをしながら、自分が直に蒔いた種の芽なのか草なのか迷ってしまうこともありました。
 冒頭の句は、何種類か蒔いた種の芽が出たものの、さて…?という句。名札をつけておかないと迷ってしまう経験が誰にもあるかと思いますが、そんな誰もが経験するのに詠まれていないことを句にするのが作者の等外さんは非常に巧みでした。残念ながら、その等外さんも亡くなられたようです。
 
 クロッカスが咲き出すと、春は急速に足を速めて、沈丁花、辛夷、桜と続きます。
 現在、いちごのシュトロイゼルクーヒェンには長崎産の「さちのか」を使っていますが、桜のころからは仙台産のいちごに変わります。どんな世の中でも春が来ますね。

お茶のたのしみ

粉雪09.2.16.JPG


 きょうは、朝から風花が舞っていましたが、午後からは雪になりました。
 1月末の横殴りの雪以来です。
 この冬は雪が少なく、有難いものの、雪好きの私としては少々寂しく思っていたところの粉雪です。
 いつも目にしている西側の景ですが、ひとしきりミルクティー片手に眺めてしまいました。
 雪見酒ならぬ雪見紅茶だと思ったとたん、思い出したのが次の句です。

 原宿の雪見紅茶となりにけり  喜納とし子(句集『うちむらさき』収録)

 ある日久しぶりに原宿に出掛けたところ、急に冷え込んできました。体を温めようと、思わずお店に入ってお茶にし、紅茶でやっと人心地がついて外を見れば、雪です。雪が舞い始めました。冷えてきたときはもしかしたらと思ったものの、思いがけない雪に心が浮き立ち、紅茶とともに束の間雪をたのしんだ…。
 そんなことが基になってできた句ではないでしょうか。この句の場合、何と言っても「原宿」という場所が句を華やかにし、浮き立つ気分を際立たせていると思います。
 と言うのも、原宿は、若い世代以外にはあまり縁のない場所です。作者には、まず、何かの集まりか、人と会う約束があったのでしょう。また、原宿となると、銀座に出るときとは少し違ったわくわくする気分もあったと思います。そのうえ、原宿であれば、広い通りを覆うように枝を広げた欅に雪が降り積もっていくのが眺められます。東京の街中で雪見をするのにこれ以上の場所はあまりないかと思います。
 欅と言えば、仙台にも、立派に枝を張った並木の通りが何本かありますが、雪が珍しくない土地では意外性がなく、句にならないばかりか、雪に心躍ることもないでしょう。もっとも、年間の雪日数が沖縄の次に少ない3日(2006年統計)と言う静岡に生まれ育ったせいか、私は、3年の札幌での生活後もまだ雪が嬉しいものですが。

 ところで、春一番が吹いた地方もあるようですが、近畿地方から西では、いちばん冷え込むのは立春過ぎだそうです(日経新聞)。
 どうぞ、寒のもどりにはお気をつけください。

山茶花

山茶花09.2.2.JPG


 山茶花(さざんか)の散るにぎわひの中にをり  田村 能章(『鷹』2000年4月号)

 4日はもう立春。遅くなってしまいましたが、その前にぜひ紹介しておきたかった句です。
 と言うのも、山茶花は冬の季語。
 花のない冬、紅い花が次々と咲いては散る山茶花は目にも暖かく、知らず知らずのうちに目が探しているほどですが、私はながいこと山茶花と椿との区別がつかず、子どものころ『さざんか さざんか 咲いた道 焚き火だ 焚き火だ 落ち葉焚き… 』と歌っていたのに全くどんな花か見当もつきませんでした。

 その山茶花を初めて識ったのが、札幌時代に帰省した12月のこと。
 千歳まで、いちめんの雪原と雪の雑木林だった車窓の景が、モノレールに乗ったとたん、暖かそうな、そして頬張れば美味しい焼藷のような黄色をした銀杏の葉と、つややかな濃緑の葉にびっしり咲いた紅い花とに変わったのです。そのときは、まず「花が咲いている」ことに感動し、ようやくあれが山茶花かもしれないと気がつきました。
 気がついてみれば、その紅い花は道中至るところにあり、根もとのアスファルトには惜し気もなく散った紅い花びら。これまでアスファルトなど美しいと思ったこともありませんでしたが、新幹線の車窓に飛び込んでくる、黒に紅い花が散り重なった様には見蕩れてしまいました。

 考えてみれば、銀杏も山茶花も小学校や高校の通学路で目にしていたもの。これまで当たり前だった初冬の景の有難さに気がついたのも、おそらく、外に花など見られない、根雪の札幌に住んでいたせいでしょうが、札幌から市川に移ってからも山茶花の垣根には目を奪われました。
 山茶花は、咲いている姿だけでなく、花びらが散り重なった様も鮮やかで美しく、目にも暖かなのです。そんな親しみを覚えたところに冒頭の句を知りました。この句の主眼は、やはり、「咲く」にぎわいではなく、「散る」にぎわいを詠ったところでしょう。
 写真の山茶花は、西側の公園の入り口のもの。ちょうど玄関の菱形の窓(1月1日のコラム参照)からも見えますが、この冬は雪が少ないせいか、花つきがいいようです。しかし、散った花びらはあいにく踏まれてしまったものばかり。それでも山茶花を見るたびにこの句が浮かび、この句を思い出すと、山茶花とともに、暖かな冬の日差し、あるいは銀杏の色づいた葉や葉を落とした木々の姿までも浮かんできます。

 なお、山茶花は、もともと九州などの山地に自生しているものは白で、よく見かける紅いものは園芸種だそうです。
 これが椿と似ていて区別がつかなかったのですが、初冬から咲き始める山茶花に対して、椿が花をつけるのは場所にもよりますが春先2月ごろ。しかし、山茶花にもまだ花が残っていると時期だけで判断できないので、花びらが散るものが山茶花、花ごと落ちるのが椿と私は見ています。どちらも季語になっていますが、山茶花は茶の花と同じ冬、椿は木に春と書く漢字と同じく春の季語です。

 ところで、きょうはよそのお宅の庭で、雪の下から顔を出しているクロッカスの芽を見つけました。
 春遠からじ、ですね。

アマリリスとポインセチア

ピンクのガーベラとモミの枝.JPG


今週の花は、ピンクのクロスに合わせて、同じ色のガーベラを主役にしました。ほかにマーガレットや千日紅、レモン色の小花のキクを使いましたが、背景は真ん中にモミの枝を置き、ヒムロスギ、ハイマツ、ギンコウバイ、ヘデラ、赤のドラセナとボリュームいっぱいです。
 ほんとうは、ガーベラではなく赤のアマリリスかリューカデンドロンが欲しかったのですが、なかったための次善の策です。

 アマリリスも季語にあり、今のいままでポインセチアと同じように冬の季語だとばっかり思っていましたが、確認すると夏の季語。道理で花屋さんにもないわけです。
 しかし、アマリリスは最初にお世話になったドイツのお宅の私の部屋にずっとアドヴェントからクリスマスにかけて置かれていたので、もう20年来私にとってはクリスマスの花でした。太い茎のてっぺんに百合に似た花が3つ。白やピンクもあるようですが、部屋にあったのは、黒みがかった赤。この時期のドイツは、学校に着いて8時半すぎにようやく明るくなり、15時をすぎるともう暗くなります。しかし、日中も晴れずに空は鉛色のことが多いので、アドヴェンツクランツの蝋燭の火やアマリリスの赤い花に救われる思いでした。
 なお、アマリリスは、ドイツ語でもAmaryllis、ラテン語の羊飼いの少女の名に由来するようですが、ポインセチアはWeihnachtsstern、「クリスマスの星」の意です。赤やクリーム色の葉のかたちはまさに星ですが、その名前と姿に大方のドイツ人は、イエスさま御生誕を告げる星を連想するのか、ドイツでもアドヴェントからクリスマスにかけてよく見られます。
 私もポインセチアは大好きですが、仙台では2度も寒さで枯らしてしまいました。

 せっかくなので、歳時記からポインセチアの句をひとつ。

 寝化粧の鏡にポインセチア燃ゆ 小路智壽子

クリスマスの天使

クリスマスの本・天使①.JPG


 先週の花は薔薇を使っていたので、歳時記で「冬薔薇」を調べると、ふだん見ない歳時記に草田男の「冬薔薇(そうび)石の天使に石の羽根」という例句が載っていました。
 季語の冬薔薇は、冬に咲く薔薇のことで、先週の花のような温室栽培のものはいいません。そのため花の写真と一緒に草田男の句を紹介するのはやめたのですが、さて、日本で冬に薔薇が咲いているところで目にすることができる石の彫刻の天使とは…と考えても具体的に思い浮かばないのです。
 私にとって、天使はまず、フラ・アンジェリコや修業時代のダ・ヴィンチの描いた受胎告知の天使ガブリエルであり、違和感があるがために印象的なデューラーの『メランコリア』の頬杖をついた逞しい体つきの天使、あるいはランスの大聖堂の『微笑みの天使』やリーメンシュナイダーの聖母昇天の天使のほか、クレーのスケッチしたあまたの天使です。これらは、デューラーとクレーの天使は別にして、みな聖母と一緒に存在する天使です。また、キリスト教では薔薇が聖母を表すことを考えれば、受胎告知のガブリエルか聖母昇天の天使が考えられますが、聖母の像もあれば天使ではなく聖母を詠むと思います。
 天使単独の石の彫像は、ヨーロッパに行けば広場や橋の欄干や宮殿などにあるものの、教会以外の場所にある天使はだいたいキリスト教の天使とは異なる、勝利の女神やプットーなどです。
 そもそも、そのような天使像は日本ではほとんど見かけないと思いますし、カトリックの信者の家族を持つ草田男が異教的な天使を詠むのか疑問にも思います。
 こう考えて、どんな天使がどんな場所に置かれているのか、わからなくなってしまったのです。最初は、小春の暖かい日差しを受けて咲く薔薇に囲まれて、石の彫像の天使が見え、その石の羽根がぐっとクローズアップされたところまで見えたのですが、どんな天使かわからないがために、落ち着かなくなってしまいました。どなたかご教示いただければ、有難いのですが。

 ところで、写真はすべてドイツで買ったクリスマスの本です。
 日本では大半の方が「クリスマスはいい子にしていたらサンタさんにプレゼントをもらえる日」という認識だということに、お店を始めていろいろな方と接しているうちにやっと気がつきましたが、クリスマスの絵本もそれを如実に表し、あるとき見た新聞一面の絵本広告でもサンタクロースのものばかりでイエス生誕の絵本はわずか1冊でした。
 しかし、ドイツはキリスト教国なので、クリスマスの本と言えばイエス生誕の本です。ほかにアドヴェントやクリスマスに歌う歌を集めたものや、クリスマスの思い出などのエッセーや詩、小説などのアンソロジーなど大人が楽しめるものも多くあります。
 このイエス生誕に関しては、天使が野で夜を明かしていた羊飼いたちの前に現れ、御生誕を告げる場面があります。ちょうど写真手前に開いたのがその場面です。また、手前左の本の表紙絵にも生まれたばかりのイエスさまが眠る厩(うまや)の上に天使が描かれていますが、羊飼いを導いてきた天使だと思います。
 このように御生誕を祝うキリスト教のクリスマスに天使は欠かせません。
 以前にも書きましたが、カトリックが多い南ドイツのヴァイナハツマルクト(クリスマスの市)に行くと、クリスマスの品々を商う露店に混じって、厩での御生誕の様子を大きな人形などで表したクリッペがあります。クリッペでも、天使は飼い葉桶に寝かされたイエスさまの上に見られます。

 私が持っている天使像は3体。このコラムやシュトレンの写真に写っていますが、どれも大切な思い出のものです。
 

落葉掃く

葉ボタンとシロタエギク.JPG


 先の定休日にようやく庭の花を植え替えました。
 数は全部で40ポットほどですが、種類は葉ボタンとパンジー、ビオラ、シロタエギクにノースポールのみ。耐寒性があるものがその5種類にガーデンシクラメンしかありません。そのため、毎年色で工夫するほかないのですが、自分で植えるようになってから葉ボタンが好きになりました。
 以前は公共の場などに植えられている大きな葉ボタンを見て、どうしてこんなものが植えられているんだろうと思っていたのですが、最近出回っている小さな品種のものは、薔薇のように葉が重なっていて、とても気に入っています。
 そこで今回は、紫の葉ボタンと、雪マークのようなシルバーリーフのシロタエギクを中心にしました。リンドウと蕾のユリも混じっていますが、葉物ばかりのアレンジです。
 
 葉と言えば、きょうは朝晩2回も落葉を掃きました。西側の並木のトウカエデです。落葉は、戸塚啓さんの「武蔵野の落葉浄土を乳母車」の句のようにその上を歩くのも、赤や黄色の葉がアスファルトに模様を成しているのも楽しいもの。しばらくそのままにしておきたいと思うのですが、葉が粉々になってしまうのも可哀想なこと。そこであまり踏まれないうちに掃いてしまうことにしているのです。
 家の前のトウカエデは、昨年写真をご紹介したとおり、いつも文化の日のころ真っ赤~オレンジに紅葉しますが、今年は夏にアブラムシがついたせいか、他のトウカエデよりも色づくのが遅く、色も赤いものは少なく、黄色~オレンジの黄葉が大半でした。掃きながら、「これは」と思うものを探しても、色はきれいでも葉の裏が傷んでいたりで、収穫もありませんでした。

 西側の小山の木々は、黄葉したものもありましたが、すでに散ってしまい、いまはコナラの色が変わり始めたところです。
 しかし、残念ながら、褐色ばかりでオレンジのものはごくわずか。もともと西側の山には紅葉するものは少ないようですが、黄~オレンジ~褐色がグラデーションをなす黄葉の当たり年とはならなかったようです。もっとも、昨年は黄葉もなく褐色ばかりだったので、昨年よりはいいようです。

 シュトレンは、サンプルのご希望を受け付けています。どうぞ、お気軽にお申し込みくださいませ(詳細は、11月11日のコラムを)。

もみじの当たり年?

黄色のバラとトルコキキョウ.JPG


 すっかり遅くなってしまいましたが、先週の花です。
 黄色のバラとトルコキキョウを前面に、白のアスターとアップルミントを中間に配し、奥に赤い葉物・枝物をまとめました。

 ところで、お客さまの話でも今年は黄葉がきれいだそうです。
 西側の公園ではトチノキの黄葉は多くが散り始めましたが、小山のコナラの色づくのはこれから。去年は褐色でしたが、今年は黄葉になってくれるでしょうか。楽しみです。


秋景点描④ねこ

ねこ.JPG


 公園で下ばかり見て歩いていたら、何と「ねこ」まで発見してしまいました!
 しかも、首輪もなく、飼い猫がひとりで散歩なり脱走したのとは様子が違う、「捨て猫」です。
 いままで、ひとりで生きていく術を見につけた野良猫は見たことがありましたが、捨て猫なるものは初めて。まだ幼い、本来ならば、以前紹介した「木犀や木臼の中に猫仔猫」(吉沼等外)のようにしあせな時間を過ごさせてやりたいような子ねこです。
 ちょうど帰りがけに、6月ピンクの小花を咲かせるウツギの幹の下のほうに、何か白い綿のようなものを発見。何かと思って近づいてみると、子ねこがウツギの幹を摑んでいたのです。白い綿のように見えたものは、その前足でした。
 どうしたものかと思いながら、食べ物商売をしているかぎり生き物は飼えません。そのまま帰りましたが、公園に散歩に行ったら今度はねこが転がっていた…というのも怖ろしいこと。どう考えても、あのねこが自力で冬を越せそうにないのは明白です。
 そこで、地縁も血縁もない仙台で私が唯一知っている、ねこ好きで一軒家に住んでいて、いま1匹も飼っていない知人に何とかしてほしいと思い、翌日見に行ってみると姿が見えません。探してみましたが、見当たりません。どうやら、なかなかの器量よしなので、貰い手がいたのだと楽観的に解釈しています。
 ところで、俗に猫はよく眠るので「ねこ」、蛇をとる猫を「へこ」とも呼ぶそうです(『鷹』2003年7月号 市川葉「季語を歩く・37」)。葉さんによると、夏生まれの猫は蛇をとるからと、貰い手がなかなかつかなかったそうですが、あの子ねこもそうした理由でひとり公園で自分の生死を運にまかせるはめになってしまったのでしょうか。
 とまれ、子ねこの幸運を祈ります。

秋景点描①トチの実

トチの実08.10.13.JPG


 かばかりの栃の実拾ひ何せんや  倉野 萌(『鷹』2001年1月号)

 きょうは雲ひとつない快晴。
 久しぶりに目の前の公園に行くと、カツラはすでに黄葉が散りはじめ、すっかり落葉してしまったものもありましたが、トチノキはちょうど黄葉の見頃のものと始まったもの、そして散り始めのものとが混じっていました。
 写真は、トチノキの足下で見つけた実。トチの実は、北大植物園のライラックの並木の北側に植えられていたトチの実を見ていたので知ってはいましたが、その実を擂って練り込んだ栃餅があると知ったのは俳句を始めてから。食べられるものならぜひ…と思っているのですが、まだ口にしたこともなく、手間がかかると言う渋味を抜く方法も知りません。
 しかし、一度隣の公園で実だけでも見てみたいと思い、秋口の葉のまだ青いうちから実がなっている木を探していたのです。そしてきょう、落葉のなかに発見!栗ほどの大きさの実が、硬い殻から姿を現していました。ありがたく、片手に持てるほどいただいてきました。
 冒頭の句の作者の倉野さんも、珍しさに小躍りし、思わず拾ってみたのでしょう。しかし、拾った実を持って歩いているうちに、「どうしよう?」と思案してしまったのでしょう。私もトチの実の味には興味がありますが、食べる術も知らないので、今回はアドヴェンツクランツの材料にしようかと思っています。

秋の花②

オミナエシとヒメヒマワリ.JPG


 雲はいまうすぎぬの季(とき)をみなえし  藤田湘子(『てんてん』収録)

 先週から秋晴れの日が続いていましたが、台風の進路が心配です。

 さて、今週も秋らしい花で揃えました。
 主役は、黄色の小花のオミナエシ(女郎花)。昔から秋の七草に数えられていたように日本全国に自生するようですが、植物園は別として、私は山野に咲いているのは見たことがありません。
 しかし、冒頭の句のヲミナエシは、実際野に咲いているもの。空に広がっているうすぎぬの雲もヲミナエシの名に相応しく、この句に合わせて背景に白い孔雀草を使いました。ただ、少々切りすぎてしまい、雲の高さがなくなってしまいました。そのほかは、蜜柑色のヒメヒマワリ、コスモス、紫の小花のハイブリットスターチスです。

 西側の公園は、先週市の草刈が行われ、芒や葛の花なども刈られてしまいました。西日に輝く芒が見られず残念ですが、見晴らしがよくなりました。いまは萩が見頃で、桂の黄葉も始まっています。
 きょうの夕方も夕焼けが見られたので、こちらは明日も台風の影響がないと思いますが、なるべく台風の被害が出ないよう祈っています。

秋の花②

オミナエシとヒメヒマワリ.JPG


 雲はいまうすぎぬの季(とき)をみなえし  藤田湘子(『てんてん』収録)

 先週から秋晴れの日が続いていましたが、台風の進路が心配です。

 さて、今週も秋らしい花で揃えました。
 主役は、黄色の小花のオミナエシ(女郎花)。昔から秋の七草に数えられていたように日本全国に自生するようですが、植物園は別として、私は山野に咲いているのは見たことがありません。
 しかし、冒頭の句のヲミナエシは、実際野に咲いているもの。空に広がっているうすぎぬの雲もヲミナエシの名に相応しく、この句に合わせて背景に白い孔雀草を使いました。ただ、少々切りすぎてしまい、雲の高さがなくなってしまいました。そのほかは、蜜柑色のヒメヒマワリ、コスモス、紫の小花のハイブリットスターチスです。

 西側の公園は、先週市の草刈が行われ、芒や葛の花なども刈られてしまいました。西日に輝く芒が見られず残念ですが、見晴らしがよくなりました。いまは萩が見頃で、桂の黄葉も始まっています。
 きょうの夕方も夕焼けが見られたので、こちらは明日も台風の影響がないと思いますが、なるべく台風の被害が出ないよう祈っています。

残暑お見舞い申し上げます

白玉とヌワラエリアのアイスティー①.JPG


 夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり  三橋鷹女(1899年~1972年)

 新聞を見ると、去年ほどではないようですが、残暑が続いているようです。ここ仙台では、8月に入って真夏日になったのも5日のみ、夏空もちらっと拝めた日も含めて数日ほどなので、残暑の実感もありませんが、夏バテなどなさっていらっしゃらないでしょうか?お見舞い申し上げます。
 もともとここはお盆をすぎれば涼しくなる土地ですが、今年は夏らしい日も続かぬうちに秋になってしまいそうで、私も夏痩せの心配がありません。もっとも、『赤毛のアン』を読んだころの念願どおり手作りのお菓子で毎日のようにお茶をしていますが、学生のころから体型も変わらず、きょうのお茶は思い立って白玉です。

 白玉は、粉に水を入れてまとめ、茹でて冷やすだけ。餡さえあればすぐにいただけます。きょうは、少し残っていたローテ・グリュッツェで甘い餡に酸味を加えました。
 紅茶は、水出ししたヌワラエリアのアイスティーです。水500ccを5gほどのヌワラエリアに注ぎ、室温に数時間。その後茶葉を漉して、冷蔵庫で冷やすだけの手間要らず。
 ヌワラエリアは、緑茶と同じく、お湯で煎れた場合ポットに茶葉が残っていると苦味が出ますが、水出ししたものを漉して冷やせば苦味が出ず、非常にすっきりした味を楽しめます。もともと中国の茶の木をスリランカの高地に植えたものなので、アッサムの茶の木を植えたディンブラやウバなどのほかのスリランカの紅茶とは違い、中国茶やほうじ茶に近い風味です。そのため、和菓子や和食に緑茶がわりにぴったりなのです。

 ところで、冒頭の句の鷹女は、明治生まれですが、主に戦前戦後にかけて「この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉」「絶壁に月を捕へし捕虫網」など独自の世界を築きました。夏痩せの句も直接は、嫌いなものは痩せようがどうなろうが絶対厭だ、という内容ですが、食べ物にかぎらず、自分の信念を曲げることを嫌った鷹女の生き方が表れていると思います。

 しかし、鷹女が嫌いといって口にしなかったものは何だったのでしょうか。
 私の場合、匂いが強いものが苦手で、ビールやワインに合わない酸味のある副菜や、いくら食べても満足感が得られないあっさりしたものもあまり好きではありません。
 例えば、大葉やバジル、タイムは好きですが、セロリ、茗荷、春菊、ラプサンスーチョン(正露丸のような臭いの中国産の紅茶)、キャラウェイシードは苦手。どれも食べられなくても困るものではありませんが、キャラウェイシードは、ドイツの南部に行くとザワークラウトやライ麦パンによく入れられています。有難いことに、私がいたハノーファーではふらっと入ったパン屋さんでも小学校の給食や家庭でもそのようなものに遭遇したことはありませんでしたが、もしキャラウェイシード入りのライ麦パンなど食べさせられていたら、いまごろこんなことはしていないと思います。
 もともと、あっさりしたものをたくさん食べるより、しっかりしたものを少しいただく方を選ぶ。刺身より鰻、そうめんより蕎麦という好みのせいか、夏バテ知らずで体型も変化なしなのです。

 なお、俳句では立秋が過ぎ、初秋の句を紹介すべきところでした。「夏痩せ」という季語ばかりでなく、白玉もアイスティーも夏の季語。
 実際はまだまだ冷たいものが嬉しい日が続くと思いますが、冷たいものばかりでは食欲不振を招き、夏バテの原因になります。みなさま、どうぞご自愛くださいませ。

赤毛のアン

赤毛のアン①.JPG


 暮れし森ひとり歩くも帰省かな  寺内幸子(『鷹』2000年10月号)

 今年は『赤毛のアン』が刊行されて100年とのこと。
 先日出版されたアンの訳者・村岡花子さんの評伝『アンのゆりかご』を読んでから、久しぶりにアンを再読。さらに別の訳の読み比べまでしてしまいました。
 思えば、高校の合格発表後の春休みにシリーズを読破したころには、グリーン・ゲイブルズのまわりの木々や花も具体的にどんなものかわからず、ただ漠然と緑の固まりを想像していたにすぎず、マリラの作るお菓子も、身近なものばかりではありませんでした。しかし、お茶に手作りのお菓子があるのが羨ましく、将来は自分でお茶に手作りのお菓子を用意できるようになりたいと思ったものです。そんな憧れの暮らしが食べ物に期待しないで行ったドイツにあり、思いがけずお菓子を作るようになったのですが、当時は本に出てきたお菓子は『赤毛のアンのお料理ノート』(写真・左)を眺めてよしとしていました。

 今回村岡訳以外のものも読んでみて、いちばんしっくり来たのは松本侑子さん訳の集英社のもの。最初に読んだ村岡訳のイメージを壊すことなく、とてもいい日本語だと思います。別のものは、100年前の物語というより、いまのアメリカの翻訳小説という感が拭えず、先を読む気になれませんでした。もっとも、集英社文庫の表紙はタイトルの文字が太く、大きすぎて、うるさい気がしますが…。 

 ところで、冒頭の句は、作者がアン・シャーリーであってもおかしくないような句だと思いませんか。先日戸塚啓さんの「八月やアンネ在りせばわが齢」を確認していたところ、偶然目に留まったもの。地味な句かもしれませんが、ちょうどアンを再読した後だったので、アンがクィーン学院を卒業して帰ってきた6月の場面を思い浮かべてしまいました。
 この句の季語は、帰省。夏休みの帰郷を指します。森は蝉が鳴くクヌギやコナラの里山のようなところでしょうか。日が落ちてしまったのに、まだ大丈夫とうす暗い森に向かうのは、若き日の作者か、あるいは作者が待っていた帰省した身内か。私には、森に向かう子を見送りながら、作者が自分も若いときは同じだったことを思い出し、深く共感する気持ちが「帰省かな」に表れているような気がします。
 というのも、私もドイツに行くと、森に散歩に行きたくなってしまうせいかもしれません。日本では森というと山にでも行かなければなりませんが、ドイツでは森は郊外だけでなく街の真ん中にあることもあります。平坦で歩きやすく、週末は冬でも森に散歩に行くほど。非常に身近な存在なのです。(この身近かで親しい森の存在が、早くからドイツ人を環境保護に駆り立てているのだと思います。)

 写真は、残念ながら、夏の森のものがありません。
 写真中央は、村岡花子さん評伝の『アンのゆりかご』。村岡さんとアンとの出会いのほか、英語を身につけたミッション・スクールや柳原白蓮などとの広い交友関係、アンの訳以外の様々な仕事について書かれています。

 夏休み、カナダの自然を思いながらアンを読むもよし、帰省して散歩がかなう森があればなおよし。
 夏休みも後半ですが、楽しく健やかな夏休みをお祈りしています。
 なお、当店は、ネットショップは通常どおり、定休日の月・火以外は営業いたしております。
 実店舗は、8月10日(日)~19日(火)までお休みです。お間違いありませんように。

盛夏

ユリノキ(東博)08.7.26②.JPG


 牛五頭一緑蔭を頒ち合ふ  浅井 多紀(『鷹』2000年10月号)

 きょうはようやく夏らしい快晴の朝を迎えました。東北地方では3連休初日の19日梅雨明け宣言がありましたが、翌日からずっと梅雨空。青空に映えるユリノキもほんとうに久しぶりでした。
 西側の公園のユリノキは黄葉の写真でも紹介していますが、高さはあるものの、まだまだ若木。窓から見ると幹の太さは両手で摑めるくらいしかなく、強風で梢のあたりが1~2mもしなるときは心配になるほどです。

 冒頭の句の緑蔭は何の木かわかりませんが、緑蔭に憩う牛のほか、まわりの牧草や遠くの山々、さらには気持ちよく晴れ渡った夏空など、高原の牧場の景が浮かんできます。
 一方、写真のユリノキは、先月上野の東博に『対決―巨匠たちの日本美術』展を見に行ったときのもの。空は白っぽく、ベンチの人たちも少々ぐったり気味ですが、ユリノキはどっしりとして幹は2人がかりでかかえても足りないほど。これなら、牛も5頭以上入れそうです。

 ところで、きょうはヒグラシとアブラゼミの声に混じって、ツクツクボウシの声が聞こえました。
 静岡ではツクツクボウシが鳴くのは、夏休みも終わるころ、自分の怠惰を後悔しつつ宿題を片付けているとき。また、こちらにはシャンシャン威勢よく鳴くクマゼミもいません。そのせいで、やっと夏の朝を迎えたという日に、夏が終わる淋しい気分になってしまいました。

 とまれ、8月は、ヒロシマとナガサキの原爆忌、終戦日を迎え、楽しい思い出だけに終始するわけにはいきません。ドイツのヴァイツゼッカー元大統領ではありませんが、過去の負の歴史に思いを馳せることも忘れたくないものです(07年8月5日コラム参照)。
 もっとも、戦争を経た方は忘れようにも忘れられないと思いますが、同じ年1929年に生まれ、ユダヤ人というだけでナチスの強制収容所に送られ、病気で亡くなった少女のことを思う句を紹介しておきます。

 八月やアンネ在りせばわが齢  戸塚啓(『鷹』2000年10月号) 
 

暑中お見舞いu.26日27日お休みのお知らせ

ララ① 08.6.9.JPG


 ここ仙台も19日(土)、梅雨明けの発表があったようです。梅雨明けならば当然「梅雨明け10日」の晴天を期待したいところですが、翌日からまさに梅雨という感のくずついたお天気です。
 とまれ、梅雨明けの地方のみなさまには、暑中お見舞い申し上げます。

 庭では、クチナシと白とレモン色のカサブランカが先週から咲き始め、濃厚な甘い香りを漂わせていますが、よそのお宅ではピンクのネムノキやノウゼンカズラが花を付け始めました。
 ノウゼンカズラは、赤みがかったオレンジ色が印象的なつる状の花。塀や玄関脇の壁に這わせているお宅がありますが、一度目にしたら忘れられない花です。

 犬老いて方尺を出ず凌霄花(ノウゼンカ)  永島靖子(『鷹』2003年10月号)

 作者の使う道にも、何年も前から鮮やかなノウゼンカズラが咲き誇るお宅があるのでしょう。あるいは、ふだん通る道ではないものの、ノウゼンカズラの時期になるとつい花を見に寄り道してしまうようなお宅かもしれません。
 そのノウゼンカズラを楽しみに前を通ると、以前は人懐っこく尻尾を振っていた犬が、あるいは熱心な番犬として吼えまくっていた犬が、物陰に丸くなって身動きもしない。それを作者は「方尺を出ず」と表現しているのだと思いますが、私には方尺がどの程度の広さをいうのかわかりません。おそらく1尺=30.30cm四方の広さと考えると、身動きもしないと考えてよいのではないでしょうか。人懐っこい犬であればもちろん、吼えられた犬でも、老いて身動きもしないとなると淋しいものです。作者は「方尺を出ず」と犬の描写しかしていませんが、年々勢いを増す、色鮮やかなノウゼンカズラを出したことにより、犬の老いがいっそう強調されます。そのため、読み手も思わず、老いていく見ず知らずの犬に淋しさや哀れを感じてしまうのだと思います。
 さらに想像すれば、老いたのは犬ばかりか家主も年を重ねたことでしょう。また、ノウゼンカズラが咲く夏休み中であれば、かつてはにぎやかに犬と戯れる子どもの姿も見られたかもしれません。しかし、その姿もなく、物音もしません。ノウゼンカズラと老いた犬からそんなことまで想像されて、思わず読みとどまってしまう句です。

 ところで、写真は実家に置いてもらっているララ、8歳です。まだ老犬ではありませんが、犬にはゆっくりゆっくり年をとってと願うばかりです。

 なお、たびたび申し上げますが、今度の26日(土)および27日(日)は、実店舗・ネットショップともお休みさせていただきます。定休日と合わせ29日(火)まで、メールのご連絡もできません。どうぞ、ご了承くださいませ。

 

ラヴェンダーとほととぎす

ラヴェンダー①08.7.13.JPG


 夕方、裏で行われている工事が終わるのを待って庭仕事を始めると、久しぶりにほととぎすの声が聞けました。「キョッキョ、キョキョキョキョ」は、今年に入ってようやく2度め。今年は、工事のせいでうぐいすの鳴き声はしても、ほととぎすは6月の初めに一度聞いたきりだったのです。てっきり、別の河岸に移ってしまったものと思っていましたが、おそらくいつもの場所から少し離れたところに巣を見つけたようです。

 ほととぎすと言うと、深山の鳥のイメージがあり、去年は湘子先生の「天近き田も水足らひほととぎす」を紹介しましたが、ほかにもほととぎすの声を聞くにはもってこいの情景を詠った句があります。

 出羽にゐて出羽の朝餉やほととぎす  杉崎せつ(『鷹』2001年9月号)

 八ヶ岳見えねば雨やほととぎす     市川 葉(『鷹』2001年9月号)

 杉崎さんは小田原の方。句は旅先の朝食での一齣でしょう。地のものが並んだ朝食に、ほととぎすの声まで揃えば言うことなしですが、ほととぎすのころはおそらく山形でも最も山菜が豊富な時期。きっと、出羽ならではの朝食を堪能されたことでしょう。
 一方、市川葉さんは小諸在住の方。ほととぎすの時期、八ヶ岳が見えなければ雨になるのは暮らしの中で得た知恵なのでしょう。
 出羽への旅に聞くほととぎすも、八ヶ岳が見える土地に暮らしながら聞くほととぎすも、私には羨ましいかぎり。また、ほととぎすにとっても過ごしやすいように思います。久しぶりに鳴き声を聞かせてくれた近所のほととぎすには感謝しながらも、もっと暮らしやすい場所に移ったら…と思ってしまいました。

 庭では、ラヴェンダーが満開になるにつれて、花の重みで茎が倒れてきてしまいました。今年は空梅雨のおかげで花持ちがいいのですが、見ごろも来週いっぱいだと思います。

 なお、来週は、すでにご案内のとおり、実店舗・ネットショップとも26日(土)および27日(日)はお休みさせていただきます。ご了承くださいませ。

涼しきもの

トルコキキョウ、デルフィニウム、ワレモコウ.JPG


 ここ最近、金曜の夕方に花を買い、活けるのは夜というパターンになってしまいました。
 新しい花を見られるのは土曜日のお客さまだけになってしまうので、決して喜ばしいことではないのですが、花屋さんの仕入れの都合で、火曜日や水曜日には花の種類も鮮度もともに芳しくないのです。
 おまけに暑くなってきたせいで、花もすぐに弱ってしまいます。先週のダリア「黒蝶」は持たず、花を変えました。

 今週は枝物がなく、かわりに背景にはワレモコウ。秋の花なのに季節感が狂って厭だと思いながらの選択です。
 主役は、目に涼しきものをと、水色のデルフィニウム。トルコキキョウはクリーム系かピンク系がよかったのですが、大量に入荷していたものはすべて白。これも止むをえずの選択ですが、こちらはいまのところ空梅雨気味で、暑い日もあるので、花やテーブルクロスは涼しい色を選ぶようにしています。

 ところで、「暑し」、「涼し」も夏の季語。「涼し」は秋になってから感ずる涼しさとは違い、暑い最中に感ずる涼しさのこと。実際風が吹いて覚える涼しさだけではなく、心理的に感ずる涼しさにも使われます。

 をみな等(ら)も涼しきときは遠(をち)を見る  中村草田男

 ふっと涼しくなる風が吹いたときにも、あるいは涼しさを覚えたときにも草田男のこの句が浮かび、同時に黒田清輝の『湖畔』まで浮かんできます。団扇を片手に湖畔に屈んだ女性の絵です。
 その若い浴衣の女性は決して俯いているわけではありませんが、湖面や湖を囲む山々に目をやるわけでもなく、物思いに沈んでいるのか、目は物を捉えてはいないようです。私はこの絵を思い出すたび、もう少し視線を上げて遠くの山並みに目を向けてくれたら、草田男の句になるのに…と残念になったり、こんなに涼しげな場所にいるのにもったいないなどと思ってしまいます。しかし、前面に描かれた女性の縞の浴衣にも、絵の半分以上を占める背景の湖にも濃淡の水色が使われていて、配色はとても涼しいのです。

 庭では北側のピンクの薔薇の手前に植えているラヴェンダーの蕾が大きくなり、一部開き始めました。バラの花柄を始末しているとき触れると、甘いなかにも辛みのある涼しい香りがさっとたちます。
 去年のように見頃が梅雨の激しい時期にぶつからないよう、願うばかりです。

 なお、7月1日の写真は、ヤマボウシ。白い4枚の花びらが十字を成しているように見えますが、白いものは花びらではなく、総苞(そうほう)と呼ばれるもの。花は、その中心に球状に集まった黄色の小花です。5月18日の写真では白い総苞がまだ細く緑がかっていますが、およそ1月後の6月初めには真っ白な十字になりました。いまはもう白い総苞は見られませんが、楚々としていかにも涼しげなので、ご紹介しました。

アーチの薔薇と毛虫

シュネーヴァルツァー① 08.6.12.JPG


 アーチのシュネーヴァルツァーが見頃になりました。お天気にも恵まれ、雨に弱い薔薇には何より。
 薔薇は消毒など手間をかけようと思えば限がありませんが、消毒がなかなかできず、やっと昨日済ませたところです。

 私の毛虫退治はもっぱら原始的にティッシュで抓む方法ですが、俳句では「毛虫」もりっぱな季語。
 歳時記にも「毛虫が発生すると、石油をひたした綿に火をつけて下から焼きころすことが必要となる」と記述があります。要は煙で燻して退治するのだと思いますが、それを「毛虫焼く」と言うようです。煙は綿を燃やすだけではなく藁を燃やすこともあるらしく、例句に「毛虫焼くちいさき藁火作りけり」(川島彷徨子)という句も挙げられています。
 もっとも猫の額ほどの庭では、まずは葉をよく観察し見つけ次第処分すればすむ話ですが、「毛虫焼く」という季語に託して、孤独を詠った句があります。

 毛虫焼くひとりは何もかも独り  藤木ゆき(『鷹』2000年9月号)

 掲句のように、一人残されて、何もかも一人でやらなければならなくなることがあります。その孤独と淋しさが「ひとりは何もかも独り」と簡潔に表現されていますが、「毛虫焼く」という思いもよらない季語によって作者の孤独の深さが伝わってきます。一人暮らしは覚悟していても、ふっとしたときに淋しさ・悲しみがつのり、つくづく独りということを思い知らされるのでしょうか。しかし、「毛虫焼く」というアクティヴな季語から、やがて作者が深い悲しみから立ち直っていくような兆しも感じます。

 俳句は、短歌とは違い、直截悲しい淋しいなどとは詠いません。季語と、省略と写生とによってなされた表現から、読み手に想像させるのです。私は、1人薔薇の毛虫を退治するたび掲句が浮かびますが、当分毛虫を見ずに過ごせるよう願うばかりです。

木々の花 ④ヤマフジ

ヤマフジ08.5.18.JPG


 最近バスに乗っているとき藤が咲いているのを見て、ここ仙台でも育つことにようやく気がつきました。そこで散歩に出たわけですが、西の雑木山にもちゃんとご覧のとおり藤がありました。
 
 高校時代藤が垂れ下がる遊歩道をくぐり抜けるように自転車で通っていたので、何となく暖かいところのものだと思っていましたが、考えてみれば藤も落葉樹。冬、葉を落として休眠すれば、寒くても何とかなるのでしょう。木があったのは、ちょうど1本だけ花が白いサクラを見つけたあたりでしたが、そのときは花も葉もなくて全く気がつきませんでした。

 自生する藤はほかの木にからみつきながら伸び、奔放そのもの。藤棚に仕立てられたものとは違い、夕暮などは凄みがありそうでした。

木々の花 ③ヤマボウシ

ヤマボウシ08.5.18.JPG

 咲き始めのヤマボウシを見つけました。

 ヤマボウシは、葉の間から軸を伸ばし、ちょうど葉の上に覆いかぶさるように咲く楚々とした白い花も、花の後に垂れ下がるさくらんぼほどの実も、札幌の北大植物園で見て以来大好きでしたが、咲き始めの花は、このように色も白というより緑がかり、花びらも細いことを初めて知りました。

 しかし、図鑑で調べると、私が長年花だと思い込んでいた白いものは花ではなく、総苞(そうほう)というもの。本当の花は、4枚の白い総苞の中央に球状に集まった小さなもので、花の芯のように見えるものだったのです!

 このか細い総苞がそれぞれ重なるほど大きくなり、色も真っ白になると、楚々として、それは美しいものです。ヤマボウシの美しい姿が見られるのは、6月ごろ。梅雨の始まる前、紫陽花が色づく前の楽しみです。

木々の花 ②タニウツギ

タニウツギ08.5.18.JPG

 きょうは、風薫る5月らしいお天気に恵まれました。

 それでも庭のバイカウツギはまだ蕾のままですが、公園のタニウツギが咲き始めました。
 タニウツギのピンクには人工的な感じを受けますが、もともと日当たりのいい山野に生える落葉樹で、北海道および本州の日本海側に見られるそうです。

 どうりで、数年前行った新潟の弥彦山でよく目にしたわけです。高さは2mほどにすぎませんが、何しろこの色ですので山の木々に埋もれず、よく目立ちました。タニウツギにしてみれば、山のなかで生き抜くため、高さではなく花の色で勝てるよう進化した、ということでしょう。
 ちょうど時期は5月の下旬で、朴(ホオ)の花も盛りでした。ホオノキは、高木として生きる道を選んだ木で高さ30mにもなり、長さ45cm幅20cmほどの葉の真ん中に乳白色の大きな花を守るように咲かせます。その大きな朴の花にも負けぬ花の色。小さいながらもタニウツギ、あっ晴れでした。

 なお、ホオノキについては、「朴落葉鬼の出歩く音すなり」という木村照子さんの句を紹介しています。去年の11月27日のコラムです。そちらもどうぞ。

木々の花 ①トチノキ

トチの花08.5.16.JPG


 橡(トチ)咲くや蜂蜜を売る峠口  倉垣和子(『鷹』2000年8月号)


 今年は早くも咲きそうな気配だったバイカウツギですが、寒さがぶり返したせいで、いまだ蕾のまま。
 一方、山の木々が花の時期を迎えました。
 すでにナナカマドは白い花が終わりですが、トチノキはいま葉の軸の付け根から15cmから20cmほどの円錐花序を天上に向かって伸ばし、燭をかかげたような姿。写真では真ん中がトチノキ、その上の葉の間から円錐形の花序が見えますが、おわかりいただけるでしょうか。花は黄みをおびた白の小花で、歳時記にも「蜜がたくさん出るので蜜蜂があつまる」と記述があります。
 実際トチノキのハチミツがあるのは掲句を読んで初めて知り、以来一度口にしたいと思いつつ、いまだ実現していません。染色家なら花が咲く前の枝を煮出し、その色を取り出すことによって、木の精と言うべきものに出合うのでしょうが、凡人は実や蜜を味わうほかない。そんなことを買い物の口実にしながら、トチノキのハチミツを待っています。
 なお、マロニエはセイヨウトチノキのこと。確か4月下旬スイスのバーゼルにアルノルト・ベックリーンの絵を見に行ったとき、ちょうど並木のマロニエが満開でした。
  
 トチの花が終わると、むせるような匂いの栗の花と続きます。
 葉をつけているだけと思っていた木々にも花が咲く、そんなことも寒い土地に住んで落葉樹を目にしてからやっと気がつきました。
 いまは刻々と木々が姿を変える時期。どうぞ、私の散歩にお付き合いくださいませ。

パイカウツギの蕾

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 頁の上みどり走りて植田過ぐ  細谷ふみを(『鷹』1999年9月号)


 サクラの早かった今年は、クロッカスや水仙などほかのものも花が早いようです。
 西側の窓辺のバイカウツギも、例年5月の終わりから6月初めにかけてが花の時期ですが、すっかり緑が濃くなり、蕾が目立つようになりました。

 もしかしたら来週あたり花が見られるかもしれませんが、花はまだでも窓辺や壁がみどりがかって見えるほど。このバイカウツギのみどりを目にするたび、冒頭の句が浮かぶのです。
 東京を離れる列車。窓側に座って本を開いていると、ページの上にさっとみどりが流れていく。それまで並んでいた家々が途切れたのでしょう。ぱっと明るくなって、本から目を上げると、いちめんの植田。
 そんな景も東京からかなり離れないとなかなか見られません。私が育った静岡でも、田んぼは網の目を塗りつぶすように宅地に変わり、東海道線に乗って田んぼが見えるところも限られています。
 小さいころは田んぼに水が入るとカエルの卵やおたまじゃくしばかり探していたので、記憶に残っていたのは、稲や植田全体の眺めよりも、墨の色をした田の土の色や植田を流れるさざなみばかり。最近田植えが終わった田んぼを見たこともなかったので、はたして、まだ幼い稲が植わったばかりの、すかすかの田んぼが緑に見えるのだろうか、そう思っていたところ、偶然、田植えが終わったばかりの田んぼが緑に広がるのをテレビで見て、掲句に納得しました。

 ところで、以前にも触れましたが、すぐ近くに田んぼがあります。坂を下った土地なので全く見えませんが、今年も連休中田植えが行われたようで、庭でも西の小山のウグイスの鳴き声とともにカエルの声が聞こえてきます。
 心していれば、居ながらにして十分自然が楽しめるところです。帰り際、ほんの少し耳を澄ませてみてください。ホトトギスの声も聞こえるかもしれません。

 なお、窓辺に置いているのは、ドイツで買ったブラートアプフェル、焼りんごを作るときりんごを入れる器です。私はもう一つ、フリースラント製の茶色のタイプも持っていますが、これを窓辺に置いているときは「りんごのお菓子あります」というしるし。りんごを焼くと汁気が出て、焼型が汚れるので、どちらのブラートアプフェルも使っていません。
 よその洋菓子店であればいちごが大事なのでしょうが、私にとってドイツのふだん家で焼いていただくお菓子と言ったら、何と言ってもりんごのお菓子。いくら日本のフジで作ってもゴリゴリした食感と味のせいで美味しくありませんが、やわらかで、風味・酸味のある紅玉で作ると非常に美味しいものです。
 紅玉がもうすぐなくなるので、このブラートアプフェルもそろそろ仕舞う時期です。いちごも「さちのか」がなくなって、いまは「とちおとめ」でシュトロイゼルクーヒェンを作っています。しかし、もうすぐさくらんぼの時期。佐藤錦でお菓子は作りませんが、アメリカンチェリーが楽しみです。

春惜しむ

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 パンにバタたつぷりつけて春惜しむ  久保田万太郎(1889~1963)


 ようやくルバーブのジャムを作りました。
 この時期ドイツで出回るルバーブは、フキのように茎をいただく植物。しかし、フキのような独特の香りはなく、そのままでは酸っぱいので、赤みがかった茎は筋をとりざくざく切って、コンポートやジャムに煮るのです。
 ジャムはルバーブだけで作ることもありますが、酸味のあるくだものを合わせるのも美味しいものです。
 今回は、りんごと煮て最後にカルヴァドスで香りをつけたもの(写真左)といちごと一緒に煮たもの(写真右)です。

 写真のパンは、カイザーゼンメル。半分に切ったものにクリームチーズを少し塗っていますが、ドイツ人ならば、これでもかと言うほど分厚いバターをパンに押しつけるように塗りつけていただくはずです。冒頭の句の「たっぷり」とはせいぜい写真ほどの量だと思いますが、ドイツ人のバターの量と言ったら日本人の常識をはるかに超え、厚さも1cm近くはありそうなくらいです。
 ときどき、ドイツの家庭でも、旅行で泊まったホテルのようなイングリッシュスタイルの朝食だと思っている方がいらっしゃいますが、平日はパンにバターを「たっぷり」塗りつけたものにジャムやはちみつなどを塗っていただくだけです。それ以外は飲み物だけで、まれに半熟卵やヨーグルトが加わりますが、ホテルと家庭が違うのはドイツも日本も同じ。エネルギーはバターからとると言わんばかりにバターは食べますが、朝からハム・ソーセージは週末のブランチ以外は滅多にいただきません。

 パンは、ふだんは買い置きのライ麦パンのかたまりをその都度家でスライスしていただきます。カイザーゼンメルなどプチパンはパン屋が近くにあれば毎朝買いに行きますが、私が2軒目にお世話になった家では週末のみ。ライ麦パンは日本人では苦手な方もいらっしゃいますが、その酸味がジャムやハムの味を惹きたて、チョコレートスプレッドとの相性のよさも日本の食パンとは比べものになりません。また、薄いライ麦パンの腹持ちのよさも驚くほどです。
 なお、ライ麦パンはふつうトーストしません。トーストするとバターが溶けて、べたべたになり、バターが美味しくなくなります。トーストしないパンにバターをたっぷり塗って食べていると、パンはバターの土台のような気がしてきますが、ドイツのバターは無塩の発酵バターで、日本の一般的なバターとは味も香りも違います。

 冒頭の句は、ハルピンのロシア料理店での作だそうです。ロシアでもライ麦パンを食べるようですが、このパンはどんなものだったのでしょうか。とまれ、この句の特殊な状況に囚われない方が、春を惜しむにはよいと思います。
 と言うのも、朝寝が気持ちのいい春も終わりのころ、ゆっくり起きて、外の緑を眺めながら、ゆったりパンと飲み物を楽しむ。鳥のさえずりも聞こえてくるでしょうが、昼食か夕食に訪れたロシア料理店では、にぎにぎしく、どうしても関心が料理や会話に行ってしまい、ゆったり行く春を惜しむのは難しいような気がします。

 最後に、春を惜しむ句をもうひとつ。
 
 おもひきり怠けて春を惜しみけり  武田新一(藤田湘子『男の俳句 女の俳句』)

 怠けるにもいろいろで、朝寝を楽しむのも、さえずりに誘われて歩くのも、あるいは物思いにふけったり、好きなことに気のすむまで現をぬかすのも怠けることになるでしょうか。おもいきり怠けて春を惜しむ、俳人らしくて思わず破顔一笑ですが、春を惜しむにはいちばんかもしれません。
 
 5日は立夏なので、暦どおりに春を惜しむのも難しいことですが、連休後半、どうぞ楽しくお過ごしくださいませ。

 

春の暮

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 旅終へしごとく書肆(しょし)出づ春の暮  内海守 (藤田湘子『男の俳句 女の俳句』) 


 最近ようやく夕方も暖かくなり、発送のお菓子を出すまでの間、西側の小山に日が沈むのを眺めながら花に水をやったり花柄を摘んでいます。

 季節の移り変わりは、寒い暑いだけでなく、日の長い短いでも感じるものですが、春の季語には「日永(ひなが)」「遅日(ちじつ)」という、日がながくなり、日暮れが遅くなったことを表す季語のほか、春の夕方も「春夕(ゆうべ)」「春の暮」という季語になっています。
 例えば、会社を出るとき、とっぷりと暮れて寒かったのが、日があるうちに地下鉄に乗れるようになるとそれだけで嬉しいものです。私なども、寒い間はひたすら早く帰ろうと思っていたのが、日が伸びて暖かくなると、渋谷で乗ってもまっすぐ帰らず、銀座の教文館か日本橋の丸善に寄り道ということがよくありました。本屋さんを後にするときの満足感と名残惜しさは、まさに旅を終えたときの気分です。

 ただ、本屋さんもいろいろで、人文書が少なく実用書と娯楽本ばかりのホームセンターのような作りの店ややたら量ばかり多い店では、先のような感慨には至らないものです。
 ドイツにも、ハノーファーやローテンブルク、ニュルンベルクに好きな本屋さんがあって、それぞれ大きすぎず小さすぎず、人文書と美術書が充実しています。日本ではあまり紹介されていない画家の画集を見つけて、どきどきしながらページをめくっているとあっという間に時間が過ぎてしまったものですが、ドイツでは3月になると夕方が長くなるので、長居をしてからも明るい道を帰ることができます。

 写真左の画集は、東山魁夷さんの個展が89年春ベルリンで行われたときのカタログです。
 左ページの『夕べの聖堂』という作品には、芽吹き始めたマロニエの枝の向こうに淡い朱色とピンクに染まった空とリンブルクの大聖堂が描かれています。マロニエの芽が開き始めた、ちょうど今ごろのながい夕暮です。
 一方、右の小さな画集は、ノルデ。北海に浮かぶ北フリースラントの夕景を描いたものですが、大地が黒々としているところを見ると春まだ浅い時期のようです。
 北フリースラントの島々と私が住んでいたハノーファーの郊外はだいぶ地形が違うと思いますが、いまでも中世の三圃制の名残で街や村は教会を中心に集まり、耕地は城壁の外に集約されているので、郊外に出ると、ちょうどこの絵のように畑が連なっているのです。もっとも、畑は東側に広がり、西には森があるので夕日は森に沈みますが、冬は学校に着いて8時を過ぎないと昇らない太陽が、春先には学校に行くころ畑の地平線の向こうから昇るのです。地平線の向こうから昇る日と沈む日の違いこそあれ、この絵には懐かしさでいっぱいになります。

 いま近代美術館で開催中の東山魁夷展には行けそうになく、まだ壁があったころベルリンで見た東山魁夷展のカタログで、我慢するほかありません。しかし、帰途ベルリンの空港に向かう途中見た夕空は、モネのルーアンの大聖堂の連作のように、ふわっとかるいピンクに暖かい赤みが差し、それは美しいものでした。こんなに美しい夕焼けは東京では見れまい、そう思ってよしとしています。

湘子先生ご命日 u. 16日営業のお知らせ

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 滅びても光年を燃ゆ春の星  藤田 湘子(『鷹』2001年5月号)


 サクラは先日12日に満開になりましたが、辛夷(コブシ)は半分ほど開いたばかり。
  
 きょう15日は、湘子(しょうし)先生のご命日。先生ならば若木のサクラの写真より辛夷の方をよろこんでくださるかと思いますが、花の何もない冬、ろうそくの穂先のような冬芽をつけた辛夷が逆光に佇んでいる姿も、雪晴の空に綿雪を被って一まわり大きくなった冬芽がすっと伸びている姿も私は美しいと思っています。
 毎年先生のご命日には、サクラの開花が重なり句集を開くことまでできないのですが、今年は定休日にあたり、ゆっくりと楽しむことができました。

 先生の句には好きなものが多いのですが、なかでも好きな句が冒頭の句です。
 春は朧に霞むことが多く、星も冬の冷たく硬質な光は消えて、うるんで見えます。その分ほかの季節よりも星の光はやさしくも弱くも見えますが、そんな春の星だからこそ、いま光が届いている星のなかにはすでに滅んでしまったものがあること、またそれにもかかわらず光年のあいだ輝きを失わないことに気がつき、驚きと畏敬の念を抱くのではないかと思います。一方、夏の夜更けの星や秋の澄んだ夜空の星は、くっきりと輝き美しいものですが、その盛衰にまでなかなか思い至りません。
 この句は、亡くなってからまとめられた『てんてん』にも収められていますが、『鷹』に発表されたのは2001年5月号。まだこのころは先生もお元気だったので、とくべつ死を意識されていたとは思われませんが、星が死後も輝き続けることに憧れがあったかもしれません。
 ご命日のきょうは穏やかに晴れました。きっと春の星が見られると思います。

 なお、明日16日は、水曜日でご予約がありましたので、営業いたします。お茶でしたら、ご予約以外のお客さまもどうぞ。
 西側のサクラ並木は、前景である公園のさまざまな木々と後景の雑木山、さらには遠く泉ヶ岳の眺めがあってこそ。ぜひ、お茶の後は公園を歩いてみてください。

紫木蓮(シモクレン)

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 先週から暖かい日が続いていましたが、昨日ようやく数輪の梅が開きました!
 私にとっては、サクラよりも、春いちばんに咲いてくれる梅とクロッカスの開花が一大事。このふたつが咲けば、冬が終わった…、と安心できるのです。

 この冬は暖かいと思っていると、思い出したように雪が積もったため、耐寒性のある花々も防寒の準備が出来ず、パンジーとビオラ以外は枯れてしまいました。
 そのせいでいま庭に花がないのですが、きょう思いがけず生垣の下にクロッカスを発見。クロッカスは先週あたりにやっと芽が出たばかりだったのが、茎がじゅうぶん伸びきらないうちに花が咲いてしまったようです。

 そして、先週の土曜日に買ったときには蕾だった紫木蓮(シモクレン)も開きました。もっとも、日曜日もきょう水曜日も発送のお菓子を作っていたので、暖房のせいかもしれません。
 今週の花はすべて紫木蓮にあわせたもの。ピンクのストック、扇子状に赤い葉がひろがったドラセナ、同じドラセナでも葉が細いレインボードラセナ、白の小花がかわいい雪柳、背景のグリーンのユーカリと雛まつりのような色になりました。
 
 紫木蓮と言うと、亡くなった俳人の鈴木真砂女(まさじょ)さんの「戒名は真砂女でよろし紫木蓮」をどうしても思い出してしまいます。銀座の「卯波」の女将でもあった真砂女さんは1906年生まれ。その生涯は、瀬戸内寂聴さんの小説のモデルにもなり、波乱に富んだものだったようです。
 自分の心に偽りなく生きてきた誇りと自分の選んだ道に悔いなしという思いとが、このようなきっぱりとしたキレとフレーズになったのでしょう。また、その思いを支える季語の紫木蓮は、華やかで凛とした花。真砂女さんにぴったりと思います。
 真砂女さんは、私が学生の頃、銀座の松屋の新聞広告で見かけたことがありました。着物姿の素敵なかわいらしいおばあちゃま、として覚えていますが、ご覧になった方も多いと思います。あるいは、俳句を作らなくても、「羅(うすもの)や人悲します恋をして」をご存知かもしれません。
 
 ところで、庭木の木蓮は、このあたりではサクラの時期か少し早い頃が盛りです。ただ、風や雨に傷みやすく、すぐ茶色になってしまうのが残念。
 切花は雨や風の心配もないので、大事に咲かせたいと思います。

 なお、明日の春分の日は、木曜日なので営業しています。
 当店は、祝日であろうと月・火の定休日であれば営業しませんが、明日は平常どおりです。どうぞ、お立ち寄りくださいませ。
 

ゼンマイと雛の句

ゼンマイ.JPG


 おかげさまで、昨日きょうと暖かい一日でした。
 近所のお宅の白梅の蕾も大きくなっています。昨年の梅の開花は3月9日。今年ももうすぐでしょうか。

 きょう新暦の雛まつりの方も多いかもしれませんが、昨年は2月20日のコラムで岡田靖子さんの「過去よりも短き未来雛飾る」と蓬田節子さんの「笛失せし雛の歳月わが歳月」を紹介しています。
 私としては、来月の雛まつりにも自分のお雛さまに会うのは難しいので、1日に紹介した山崎てる子さんの「ふるさとの天袋にて泣く雛か」にいちばん気持ちが傾きます。もっとも、私のお雛さまはたぶん飾ってもらえるので、何年も飾られることもなく、ましてや主と会うこともない境遇のお雛さまとは事情が違います。それでもお雛さまに何年も会えず淋しい思いを自分がしていると、お雛さまも泣いてくださっているのではないか、そう思いたくなるのです。

 ところで、先日花を紹介した際ゼンマイに触れましたが、どれがそうか、よくわからなかったようなので、ゼンマイの写真を用意しました。
 ゼンマイは2本。左奥のものは、後に2枚出た葉があたかも鳥が翼を広げたような形を成しています。
 食用になる渦巻きの部分が、ちょうど長い首を持った白鳥の頭のように見えるので、いっそう白鳥が羽を広げているように見えます。
 これまでゼンマイといえば、俳人・川端茅舎(ぼうしゃ)の「ぜんまいののの字ばかりの寂光土」の影響で、先っぽがのの字になった山菜という認識しかなかったのですが、のの字の後には、こんなにも優美に翼を広げたような葉が出るとは…。やはり、季語は実際見てみないとわからないものです。

 ゼンマイは今週も持つと思います。どうぞ、実物をご覧になってみてください。
 花は変わらないと思いますが、ほかに水色(濃い青は強すぎます)のデルフィニウムがあればどんなに素敵だろうと思っています。デルフィニウムは、おそらく夏の花。何かアクセントになる花を加えたいところです。

春の花

コデマリ08年①.JPG


 2月は「逃げていく」と言いますが、早3月。29日のうち、頭痛で3日寝込んだので、実質26日。早いわけです。
 このところ春らしい日もあるものの、翌日は一転、風が強くて寒い日になります。きょうは、きのうの暖かさが嘘のような一日。晴れたり曇ったり、風花が舞ったかと思えば止み、夜は一時牡丹雪になりました。

 仙台も雛まつりは新暦のようですが、全く雛まつりらしい気候ではありません。
 やはり、庭の桃や菜の花、連翹が咲き揃う、4月こそ私にとっての雛まつりです。もう何年もお雛さまにまみえることもなく、せいぜい雛まつりまでの一ヶ月、桃や萌黄色のクロスをテーブルに掛け、花も、離れていてもお雛さまを迎えるような気持ちで飾ります。

 そこで、ようやくコデマリです。
 コデマリは大好きなので、毎年何度となく飾りますが、花屋さんに出始めてからも雛まつりくらいまでは我慢。これは、クリスマスや寒中に苺を避けるのと同じで、旬を大切にする、過剰にエネルギーを使って生産されたものは避ける、という私なりのこだわりなのです。
 そのほか、ストック、「ぜんまい」を加えました。ぜんまいは、花屋さんで初めて見て即決。茶色の茎が全体を引きしめてくれます。葉っぱが羽根のように「のの字」の後に出ているのが、おわかりでしょうか?

 最後に、自分のお雛さまにまみえられず、離れたお雛さまを思うのみという方に。

 ふるさとの天袋にて泣く雛か  山崎てる子(『鷹』2002年6月号)

 おだやかな雛まつりになりますよう…。

ティーコジーのセール

ティーコジー+茶葉のセット.JPG


 鉄瓶も風も笛吹き寒四郎(かんしろう)  藤田湘子(『てんてん』)
 
 きょうで1月もおわり。2月4日が立春なので、暦のうえでは寒明けまでもうすぐですが、まだまだ寒い日には体を温めてくれるミルクティーがおすすめです。ミルクティーがいちばん美味しく、ありがたいと思える時期ですが、同時に紅茶を保温するティーコジーの威力とありがたみとを感じる時でもあります。

 そこで、ティーコジーのセールをすることにしました。といっても、ネットショップで値引きはできないので、ティーコジーお買い上げのお客さまに、以下のとおり、ミルクティー向けの紅茶をサービスいたします。ティーカップの量は、350ccずつ淹れた場合の量です。
 1,000円~1,999円のティーコジー+ディンブラ(ティーカップ7.5杯分)+ルフナ(ティーカップ7.5杯分)
=(計)2種・ティーカップ15杯分
 2,000円~2,999円のティーコジー+上記の茶葉+ウバ(ティーカップ7.5杯分)
=(計)3種・ティーカップ22.5杯分
3,000円~3,999円のティーコジー+上記の茶葉+アッサム(ティーカップ7.5杯分)
=(計)4種・ティーカップ30杯分
4,000円~4,999円のティーコジー+同上+ショコラーデンクーヒェンまたはレモンのパウンドケーキ1個
=(計)4種・ティーカップ30杯分
 どの茶葉もミルクなしでもいただけますが、ミルクを入れる方が紅茶のよさが楽しめます。
 写真のように小分けし、おいしい紅茶の淹れ方の説明書つきです。

 ディンブラやウバは、 お湯350cc=ティーカップ2.5杯分=茶葉4g(ティースプーンすりきり2杯)で3回分、
 もしくは         お湯700cc=ティーカップ5杯分=茶葉6g(ティースプーンすりきり3杯)で2回分。
 ルフナやアッサムは、お湯350cc=ティーカップ2.5杯分=茶葉6g(同・軽く山盛り2杯)で3回分、
 もしくは         お湯700cc=ティーカップ5杯分=茶葉9g(同・軽く山盛り3杯)で2回分。
 この分量を見て、お湯の量が2倍ならば茶葉も2倍では?と思う方もいらっしゃるかもしれません。大方の紅茶の淹れ方の説明では、単純にティーカップ1杯につきティースプーン1杯の分量とされていますが、日本の水は硬水のイギリスとは違います。軟水でミネラルが少ない日本の水では、紅茶の味がダイレクトに出るため、ティースプーン1杯ふやすだけで充分。水が違えば、茶葉の量も変わるということです。
 そのため、350ccずつ淹れるよりも、一度に700ccずつ淹れる方が、使用する茶葉が少なくすみ、量はたっぷり。こちらの方が経済的なうえ、お湯を沸かす手間とガス代・CO2の面から考えてもおすすめです。冷めれば電子レンジで温める方が、いちいちお湯を沸かすより早く経済的、環境にもいいそうです。そこでティーコジーを使うとさらに、電子レンジを使う必要がなく、時間が経ちすぎてしまい使うとしても、温める時間が少なくてすみます。
 ついでながら、珈琲も同様です。珈琲1杯150cc前後の場合豆は15g使っていますが、2杯淹れる場合は25gで充分です。

 また、おいしく紅茶を淹れるには、茶葉の量以外に、お湯の沸かし方と温度も重要。お湯を酸素を含んだ状態で充分な温度まで沸かさないと、うまく茶葉がジャンピングできず、紅茶の成分がうまく抽出されないのです。説明にも記していますが、水はくみたてを、たっぷり、勢いよく、表面にぽこぽこ100円玉ほどの泡が5~6個上がってくる(95℃前後)まで沸かし、勢いよくポットに注ぎます。
 
 ところで、紅茶がうまくジャンピングするには、やかんも重要です。冒頭の湘子(しょうし)先生の句のように、外で風がうなっているとき、暖かい茶の間で鉄瓶がしゅうしゅう(?)音を立てているのは理想的な景で、また鉄瓶で沸かすとお湯がまろやかになると聞きます。しかし、このお湯で紅茶を淹れると、鉄瓶の鉄分と紅茶のタンニンとが結合するせいで、紅茶が黒ずみ、美しい水色(すいしょく)にならず、香りもいまひとつだそうです。
 なお、寒四郎とは、寒に入って4日目を表す季語です。そのころならついつい首をすくめてしまうような風でしょう。そんなときに鉄瓶がある茶の間で本でも読んでいられたら…。遅ればせながら、羨望とともに紹介させていただきました。

 ティーコジーは、同じ値段で色違い・柄違いがあるものもあります。
 実店舗には、ネットショップ以外のティーコジーもあります。同様の茶葉が付きますので、ぜひこの機会にお試しくださいませ。お気に入りの茶葉も見つかると思います。

ティーコジーのセール

ティーコジー+茶葉のセット.JPG


 鉄瓶も風も笛吹き寒四郎(かんしろう)  藤田湘子(『てんてん』)
 
 きょうで1月もおわり。2月4日が立春なので、暦のうえでは寒明けまでもうすぐですが、まだまだ寒い日には体を温めてくれるミルクティーがおすすめです。ミルクティーがいちばん美味しく、ありがたいと思える時期ですが、同時に紅茶を保温するティーコジーの威力とありがたみとを感じる時でもあります。

 そこで、ティーコジーのセールをすることにしました。といっても、ネットショップで値引きはできないので、ティーコジーお買い上げのお客さまに、以下のとおり、ミルクティー向けの紅茶をサービスいたします。ティーカップの量は、350ccずつ淹れた場合の量です。
 1,000円~1,999円のティーコジー+ディンブラ(ティーカップ7.5杯分)+ルフナ(ティーカップ7.5杯分)
=(計)2種・ティーカップ15杯分
 2,000円~2,999円のティーコジー+上記の茶葉+ウバ(ティーカップ7.5杯分)
=(計)3種・ティーカップ22.5杯分
3,000円~3,999円のティーコジー+上記の茶葉+アッサム(ティーカップ7.5杯分)
=(計)4種・ティーカップ30杯分
4,000円~4,999円のティーコジー+同上+ショコラーデンクーヒェンまたはレモンのパウンドケーキ1個
=(計)4種・ティーカップ30杯分
 どの茶葉もミルクなしでもいただけますが、ミルクを入れる方が紅茶のよさが楽しめます。
 写真のように小分けし、おいしい紅茶の淹れ方の説明書つきです。

 ディンブラやウバは、 お湯350cc=ティーカップ2.5杯分=茶葉4g(ティースプーンすりきり2杯)で3回分、
 もしくは         お湯700cc=ティーカップ5杯分=茶葉6g(ティースプーンすりきり3杯)で2回分。
 ルフナやアッサムは、お湯350cc=ティーカップ2.5杯分=茶葉6g(同・軽く山盛り2杯)で3回分、
 もしくは         お湯700cc=ティーカップ5杯分=茶葉9g(同・軽く山盛り3杯)で2回分。
 この分量を見て、お湯の量が2倍ならば茶葉も2倍では?と思う方もいらっしゃるかもしれません。大方の紅茶の淹れ方の説明では、単純にティーカップ1杯につきティースプーン1杯の分量とされていますが、日本の水は硬水のイギリスとは違います。軟水でミネラルが少ない日本の水では、紅茶の味がダイレクトに出るため、ティースプーン1杯ふやすだけで充分。水が違えば、茶葉の量も変わるということです。
 そのため、350ccずつ淹れるよりも、一度に700ccずつ淹れる方が、使用する茶葉が少なくすみ、量はたっぷり。こちらの方が経済的なうえ、お湯を沸かす手間とガス代・CO2の面から考えてもおすすめです。冷めれば電子レンジで温める方が、いちいちお湯を沸かすより早く経済的、環境にもいいそうです。そこでティーコジーを使うとさらに、電子レンジを使う必要がなく、時間が経ちすぎてしまい使うとしても、温める時間が少なくてすみます。
 ついでながら、珈琲も同様です。珈琲1杯150cc前後の場合豆は15g使っていますが、2杯淹れる場合は25gで充分です。

 また、おいしく紅茶を淹れるには、茶葉の量以外に、お湯の沸かし方と温度も重要。お湯を酸素を含んだ状態で充分な温度まで沸かさないと、うまく茶葉がジャンピングできず、紅茶の成分がうまく抽出されないのです。説明にも記していますが、水はくみたてを、たっぷり、勢いよく、表面にぽこぽこ100円玉ほどの泡が5~6個上がってくる(95℃前後)まで沸かし、勢いよくポットに注ぎます。
 
 ところで、紅茶がうまくジャンピングするには、やかんも重要です。冒頭の湘子(しょうし)先生の句のように、外で風がうなっているとき、暖かい茶の間で鉄瓶がしゅうしゅう(?)音を立てているのは理想的な景で、また鉄瓶で沸かすとお湯がまろやかになると聞きます。しかし、このお湯で紅茶を淹れると、鉄瓶の鉄分と紅茶のタンニンとが結合するせいで、紅茶が黒ずみ、美しい水色(すいしょく)にならず、香りもいまひとつだそうです。
 なお、寒四郎とは、寒に入って4日目を表す季語です。そのころならついつい首をすくめてしまうような風でしょう。そんなときに鉄瓶がある茶の間で本でも読んでいられたら…。遅ればせながら、羨望とともに紹介させていただきました。

 ティーコジーは、同じ値段で色違い・柄違いがあるものもあります。
 実店舗には、ネットショップ以外のティーコジーもあります。同様の茶葉が付きますので、ぜひこの機会にお試しくださいませ。お気に入りの茶葉も見つかると思います。

寒中お見舞い申し上げます

ナンテンとリューカデンドロン.JPG


 今年は元日早々雪が積もり、きょうも午前中ひとしきり舞っていましたが、お蔭さまで、まだ一度も雪掻きをせずにすんでいます。積もってもすぐに溶けてくれるのです。

 とは言え、寒いことに変わりはないので、やはり花も暖かみのある色が欲しくなります。先週の白いアルストロメリアとクリーム色のストック、さらにはお正月のナンテンに、リューカデンドロンとユーカリとを加えました。ほかのグリーンは、庭のローズマリーとヘデラです。
 黒みがかった赤が好きなので、ガーベラかアネモネにしようかとも思いましたが、一度札幌にいたときもらった花束を抱えて雪道を歩いていたら、チューリップが凍ってしまったことがありました。そんなことを思い出して、凍る心配のないリューカデンドロンにしたというわけです。

 しかし、仙台と札幌では5~6度は違うので、温室育ちの花が凍ったり、歩くたび雪がきゅっきゅっと鳴くことも滅多にありません。
 いまは必要なものはすべて配達してもらっているので、買い物に行くこと自体少ないのですが、札幌では雪道を歩くのがたのしくてわざわざ粉雪が舞うなかを歩いたものです。風がなければ、マイナス3度も暖かい!そう思えるようになっていたので、まさに星野立子の「しんしんと寒さがたのし歩みゆく」でした。

 星空やあつあつのシチューなど、寒いときには寒いときのたのしみがありますが、それも体調次第。
 どうぞ、みなさま風邪など召されぬよう、お見舞い申し上げます。

アドヴェント第4日曜日u.りんごの話

アルザス風りんごのタルト.JPG


 きょうは、アドヴェント第4日曜日。
 アドヴェンツクランツの灯すろうそくも4本になり、いよいよクリスマスまで2晩。
 シュトレンを作り終わって、久しぶりに自分のためのお菓子を作りました。アルザス風のりんごのタルトです。

 ドイツでは庭にりんごの木のある家も多く、りんごは非常に身近なくだもの。晩秋、ローカル線に乗っていると、日本ならば柿が目にとびこんできますが、ドイツではそれがりんごなのです。
 日本ではジュースというとオレンジジュースのことが多いものですが、ドイツではりんごジュース。食事中おとなはワインか水、子どもはりんごジュースが定番です。
 また、庭でたくさん獲れたりんごは、そのまま食べるだけでなくKuchenに使います。代表的なのが、縦に切れ目を入れた生のりんごを焼きこんだApfelkuchen(2006年9月19日コラムにて紹介)やいちょう切りのりんごを乗せて焼いた「おばあちゃんの」Omasapfelkuchen。それ以外にも、りんごにシュトロイゼルをふったStreuselkuchenやオーストリアでポピュラーなApfelstrudelアプフェルシュトゥルーデル、アルザス風のりんごのタルトなどもよく作られます。

 私は最後の2つも大好きなのですが、生地を伸ばす=生地に触れる作業があまり好きではないため、食べたいと思いながらも作らずじまいのことばかり。それが、ここ1ヶ月シュトレンをずっと作っているうちに生地を伸ばす作業に抵抗がなくなり、2週連続でタルトを作るほどになったのです。
 このりんごのタルトはほんとうに久しぶりですが、非常に記念すべきお菓子です。というのも、初めて作ったお菓子がこのアルザス風のりんごのタルトだったのです。そのときは冷凍のパイ生地を使ったものの、あまりのおいしさに自分でも感動し、それがお菓子を作るきっかけになったのです。
 ただ、タルトといってもパイ生地で、さっと煮たりんごにレーズン(きょうは黄色っぽいサルタナ種)を少しと卵と生クリームのソース。アーモンドプードルを使わないかるいタイプです。一口噛むと、りんごからカルヴァドスがじゅわっ、パイ生地がさくっ、そしてパイ生地のバターとりんごの酸味、それを包むほどよい甘さのソース。思わずにんまりです。
 実は、今週福岡のデザートフォレストさんの「チーズケーキ博覧会」に送ったお菓子が運送上のトラブルで全滅!という悲しい出来事があったのですが、少し心がかるくなりました。

 要はお菓子に機嫌が直ってしまう、単純な人間ですが、りんごの句を紹介しておきます。

 空は太初(たいしょ)の青さ妻より林檎うく  中村草田男

 りんごは秋の季語。句は、「空は太初の」と上五が字余り、そして中七の「青さ」で切れる少し珍しい形で、「そらはたいしょの」であるかないかぐらいに一呼吸おき、すぐに「あおさ」と続けて読んでから切ります(=一呼吸おく)。意味は文字どおり、太初を思わせるほど深々と青く晴れ渡った空のもと、妻からりんごを受け取ったという句です。
 「太初」という言葉からアダムとイヴに連想がはたらきますが、草田男自身の解によると、実際は終戦直後のインフレのさなか、久しぶりに見事な真紅のりんごをひとつ妻から手渡されたことがもとになっているそうです。また、「日本の再出発と共に私自身も一家を率いて再出発するのだと強く心中に期せずにはいられなかった」(中村草田男 『定本 俳句入門』)と記しているとおり、上からたたみかける名詞の連続によって句のリズムに緊張感が生まれ、先の本人の弁を知らなくとも、毅然とした何か決意のようなものが感じられます。
 句のきっかけを知らなければ、りんごを手渡す妻とそれを手に取る夫とを、晴れ渡った岩手山や岩木山などがくっきりと望める場所においてもいいと思います。自分でいちばんいいと思う景を思い浮かべる、それが俳句の自由なところ、愉しみのひとつです。

 最後に女性ならではの句を。

 林檎煮る母とし記憶されむことを  狩野 ゆう(『鷹』2000年2月号)

 

落葉

トチノキと萩の落葉とドングリ.JPG

今年の西側の小山の黄葉は鮮やかさにかけ残念に思っていたところ、市内のあちこちの雑木山も赤や黄がほとんどなく茶の一色。仙台駅前の欅並木は黄葉が始まったばかりで、まだあおい葉のものもありました。

 きょうの日中は一時風が強く、落葉が吹き流される音が聞こえたほどです。落葉が舞う音は昼間ならば寒そうに思うだけですが、夜灯りを消した後ともなれば少し不安に思うこともあります。それがホオノキの大きな葉であればなおのことです。 

 朴落葉(ほおおちば)鬼の出歩く音すなり  木村 照子(『鷹』1999年1月号)

 ホオノキは、英語でJapanese Big-leaf Magnolia。その名のとおり、ひときわ大きな葉で乳白色の大きな花を守るかのように咲かせます。葉の大きさは実に大人の男性の足型以上、図鑑によると長さ45cm、幅20cmにもなるそうです。
 山地に分布する木なので、ご存知の方も少ないと思いますが、実は上の写真に写っているのもトチノキとコナラの葉で、トチの葉の上にのっている小さな黄葉がハギです。札幌に住んでいたころは6月、山にかぎらず自然に木が生えているような場所でもその大きな花を目にすることができたのですが、残念ながら仙台では山奥にでも行かないかぎり見られないようです。
 この写真のなかでいちばん大きな葉がトチノキで、これが長さ20cmほどでした。それを考えると、朴の葉がいかに大きいか想像していただけると思います。札幌では近くで葉の大きさを確かめることはかないませんでしたが、一度秋田の乳頭温泉で朴の落葉を手にしたことがあります。そのとき、30cm以上はある葉が飛ぶ、凄まじい風の夜ならば、まわりの山毛欅(ブナ)の落葉も何もかもが風に舞って、それこそ「鬼の出歩く音」のように聞こえると思ったのです。
 作者の木村照子さんは、旭川の方。ホオノキも朴の落葉も身近にあるのでしょう。北海道の平地では例年10月が黄葉と紅葉の時期で、11月中旬に初雪があります。その雪が消えるころ2度めの雪になり、そしてまた消えては雪、というパターンを繰り返し、12月下旬に根雪になります(一度初雪が根雪になってしまったこともありましたが)。ですから、旭川では雪が積もる前の11月の景でしょうか。
 季語である朴落葉を知らないと、なかなか実感がわかないかもしれませんが、下五の「音すなり」という迷いのない断定的な表現にくわえて、中七の「鬼」の「お」、下五の「音」の「お」とたたみかけるように続く頭韻によってリズムに緊張感が生まれ、読む方も思わずうべなう句になったと思います。東京あたりの方には、先日ご紹介した戸塚啓さんの「武蔵野の落葉浄土を乳母車」の句の方が親しみやすいかもしれません。しかし、俳句は17音という制約によって、このような硬質の詩にもなる、それをご紹介したかったのです。

 なお、飛騨高山には、朴葉味噌のほか、朴葉焼という、味噌を塗った朴の葉に飛騨牛などをのせて焼く郷土料理があるそうです。おそらく秋には朴の落葉、初夏には香りのよい朴の花も見られることと思います。

コナラもみじ

コナラ②.JPG


 18日深夜は雪になったところがほかにもあったようですが、昨日の雪はすっかり消えました。

 雑木山は黄葉が始まっていますが、今年は鮮やかさにかけ、赤や黄よりも茶褐色のものばかり。西側の山も含め、このあたりには写真のコナラが多いようですが、どこも今のところあまり美しい色にはなっていません(写真は公園のもの)。
 落葉高木のコナラは、いわゆるどんぐりの木。以前住んでいた千葉の市川には、コナラの林が近くに残されていて、路面にぽろぽろどんぐりが落ちていたものですが、アスファルトもコンクリートもない公園ではなかなか気づかず、今年になってようやく茶褐色になるのがコナラだと気がついたのです。

 ところで、東京で黄葉というと、圧倒的にイチョウとケヤキです。去年、渡部よし子さんの「落葉道しあはせさうな犬ばかり」を紹介したときも、イチョウとケヤキの黄色と茶色の落葉を思い浮かべていましたが、やはりそんな落葉の景を詠った句があります。

 武蔵野の落葉浄土を乳母車  戸塚 啓(『鷹』2000年3月号)

 例えば井の頭公園のような高木の落葉樹がある公園。夏は涼しい木陰を作っていた木々も色づき、黄葉を落とした。公園の道にも日が差して、すっかり明るい。きょうは穏やかな小春日和。その黄葉が散り敷くなかをゆっくりと乳母車を押していく母親。
 そんな姿を見て、作者は思わず心が和んだのでしょう。ひょっとしたら、昔こうして乳母車を押していたころのことを思い出したのかもしれません。そんな作者の心情が、「落葉浄土」という、幸福に満ちた言葉に現れていると思います。ただ乳母車を押しているのが、母親の場合だけでなく、父親や祖父母の場合もあるかもしれません。しかし、ここは作者が使った「落葉浄土」という言葉から、母親を思い描くのがいちばんかと思います。

 18日、東京国際女子マラソンの中継でちらっと見えたイチョウにも、黄葉が始まったものがありました。落葉浄土になるのももうすぐですね。
 

ケイトウとカンガルーポー

ケイトウとカンガルーポー.JPG


 早いもので、明日11月8日は立冬。
 窓の向こうのトウカエデはもう少し紅葉が楽しめるところでしたが、きのうすっかり剪定されて、ほとんど丸刈り状態。まだそれほど寒いわけではありませんが、葉がないと見るだけで寒々しく感じます。
 
 そんなわけで、花は暖かそうな色のものを選びました。赤いケイトウとカンガルーポー、ピンクのワックスフラワーです。

 ケイトウはこのような筆先のようなもののほかに、まさに鶏の鶏冠のような形のものもありますが、こちらは苦手で、こどものころは見るのも厭なほどでした。

 最近はあまり見かけませんが、俳句の場合、鶏冠形の鶏頭でないと句が様にならないようです。
 生けられし鶏頭のなほ静まらぬ   相生垣瓜人
 おとろへてより鶏頭のおそろしき   谷野 予志
 鶏頭の大頭蓋骨枯れにけり     野見山朱鳥 
 歳時記には鶏頭の凄みを詠んだものが並んでいますが、今週生けたケイトウにはそのおそろしさはありません。
 
 火に投げし鶏頭根ごと立ちあがる  大木あまり『火球』

木犀咲く

ユリオプス・デージー.JPG

 きのうの雨にかわって、きょうは秋晴れに恵まれました。
 そしてようやく金木犀が咲き始めました!
 すでに色づき始めている木々もあるというのにやっと、という思いです。あんまり遅いので、 先月は頭痛続きで外出できず、あの香りに気がつかなかったのかとも思いましたが、遅いだけでした。 それにしても遅いです。8月はたしかに暑かったのですが、お盆過ぎにはぐっと涼しくなり、残暑と呼べる日があまりなかったせいでしょうか。
 ウールのセーターが欲しい日に、ハナミズキの紅葉とまだ咲き続けているピンクのサルスベリ、そこにふっと金木犀の香り。秋晴れといっても、去年ご紹介した吉沼等外さんの「木犀や木臼の中に猫仔猫」のような暖かさでもなく、すでに寒いほど。咲いてくれたのは嬉しいのですが、妙な感は否めません。
 金木犀は、自転車で10分ほど走るだけで、14、5軒のお宅にあります。私は、よそのお宅のものを楽しませてもらうことにしています。

 そんなわけで、写真はユリオプス・デージーです。一昨年の冬9cmポットで2株買ったものが、今春植え替えをしたところ大きくなりました。実は、去年の冬枯れてしまったものを暖かくなったら処分しようと軒下に放置していたのです。初めの冬は青々としていたのでてっきり耐寒性があって常緑だと思っていたのですが、半耐寒性常緑低木で、数年経つと90cmほどの大株になるそうです。
 植え替え以来ずっと夏も咲きついでくれています。ふつうは初冬から晩春までのようですが、それだけここの気温が上がらなかったということでしょう。水はよく欲しがりますが、あとは終わった花を花茎の元から切るのみ。手間要らずの上、虫もつきません!丈夫なことがわかって、急に好きになってしまいました。寒い時期に黄色い花は目にも暖か。おすすめです。
  

曼珠沙華

紅葉のヘンリーヅタ.JPG

 はや、寄植えのヘンリーヅタが紅葉しました!
昨年の夏植えたものですが、昨年は一応紅くはなったものの、せいぜい赤銅色という程度。それも確か12月ごろでしたが、今年は早くもこんなにあざやかに紅葉してくれました。きょう10月2日の写真です。

 東京などでは9月も残暑が厳しかったようですが、こちらの暑さは8月のお盆までの2週間で峠を越え、その後は涼しい日が続いていたのです。最近は、日が落ちてから買い物に行くと長袖1枚では寒いことも多くなりました。

 ところで、きょう外出すると一部の田んぼでは稲刈りがすんでいました。稲が黄金色に色づくころになると、曼珠沙華(マンジュシャゲ)が懐かしくなります。
 曼珠沙華はヒガンバナのこと。小学校のころは、彼岸花という呼び方しか知らず、通学路の田んぼの畦の花をよく摘んだものですが、折り取ると手に苦い匂いがつくのが難点。それでもあの色に負けて取ってくると、祖母にこんな縁起の悪い花…と言われて結局捨ててしまうのですが、いまでも田んぼが目に入ると、どこかに咲いていないかと朱の塊を探してしまいます。

 この彼岸花の異名を覚えたのは大学のころ。中村汀女(ていじょ)の「曼珠沙華抱くほどとれど母恋し」の句で知りました。俳句では、もっぱら、植物名の彼岸花よりも曼珠沙華のほうが使われ、また好んで使われる季語だと思います。
 例えば、次のような句があります。
 つきぬけて天上の紺曼珠沙華   山口誓子(せいし)
 西国の畦曼珠沙華曼珠沙華    森 澄雄
 曼珠沙華消えたる茎のならびけり 後藤夜半
 どれも男性の句で、歳時記にも男性の句が多く紹介されています。一般に男性の曼珠沙華の句では、夜半の句を初めとして、花が客観的に観察されまた客観的に写生されていますが、汀女のように、実際曼珠沙華をとった体験にもとづき、主観を述べた句は見受けられません。
 例外的に、中村草田男の「四十路(よそじ)さながら雲多き午后曼珠沙華」があります。上五が「よそじさながら」と字余りになっていますが、おそらく、多難な暮らしのなか雲の多い午後の空を見ていて、ふっと口をついて出来た句のように思います。雲に覆われ、あまり晴れ間の見えない暮らし。しかし、この場合垂れ込めた雲の下に咲く曼珠沙華は、死人花(シビトバナ)という忌み嫌う存在ではなく、希望のような存在ではないでしょうか。実際、1901年生まれの草田男の40代は戦中戦後にあたり、この句の作は1947年です。とは言え、草田男はあくまでも曼珠沙華は見るだけで、手にしているわけではないでしょう。
 これは、この花を見るだけでなく、実際摘んだ体験があるかないかによる違いだと思います。

 なお、曼珠沙華の分布は九州~本州だそうですが、北国には少ないとのことです。
 以前法隆寺に行ったとき、天気には恵まれず「雲多き空」でしたが、松林の下に群生していた曼珠沙華を見ました。確か斑鳩の田んぼの畦にも連なるように咲いていたと思いますが、こちらは記憶がはっきりしません。自分で作った理想画を記憶として覚えているだけかもしれませんが、このときの旅で曼珠沙華をたくさん見たことだけは確か。まさに「西国の畦曼珠沙華曼珠沙華(さいごくのあぜまんじゅしゃげまんじゅしゃげ)」でした。西国とは、広辞苑によると関西以西の諸国、特に九州を指すようですが、私にとっては斑鳩や明日香の奈良の景です。

明日は中秋の名月

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 しばらくご無沙汰してしまいました。
 9月に入って1週間(!)におよぶ頭痛に悩まされ、ティーポットはわる、頭痛薬の副作用の胃の痛み…と散々でした。そこで痛みがひいた後、20年にわたる頭痛におさらばしたいと専門の頭痛外来に行き、血液・尿検査のほか脳の画像なども撮られて、痛み止めをもらってきました。
 その先生によると、市販の頭痛薬はなんと「かるい偏頭痛のための薬」なので、頭痛のタイプがちがえば効かず、また胃の荒れない痛み止めはないとのことです。そうとも知らず私は、偏頭痛でもないのに偏頭痛の薬を飲み、その副作用で胃が痛いと言って胃薬まで飲んでいたのです。
 そこで、もらった薬がどんなに効くのか…と今回ばかりは頭痛が来るのを待っていたのですが、結果はつらいの一言。薬が合わず、薬を飲んでかえって痛みが増し、それも今までにない強い痛みに苦しみました。
 結局、頼れる薬がなく、頭痛の原因である寝不足にならないのがいちばんのようです。  
 
 そうこうしているうちに、明日25日は中秋の名月です。
 名月の句というと、ふつうの月の句とちがいなかなかご紹介できる句がありませんが、『鷹』の奥坂まやさんにお月見にぴったりの句があります。

 芒挿す光年といふ美(は)しき距離  (『縄文』収録)
 
 月という言葉は使われていませんが、大きな一際明るい月が作者の挿した芒の向こうに見えます。そんな月に思わず光年という言葉が浮かんだのでしょう。作者は光年という距離が美しいと詠っていますが、そう思えるほど月が美しいのだと思います。私には、美しい月を見ると「光年といふ美しき距離」というフレーズが浮かんできてしまうようになりました。

 明日はお月さまを拝めるでしょうか。
 西側の公園では芒がほとんど刈られてしまいました。大きさによっては、月が西側の小山に沈むのが見られますが、寝不足は大敵。月の入りを見るのはあきらめるしかありません。
 よいお月さまが見られますように。

コリウス

コリウス②.JPG


 軽く1枚はおるものが欲しい時期になりました。東京の暑さ寒さに慣れた身には、もう10月のような錯覚を覚えるほどです。

 そうなると、庭にもコリウスの暖かい色が欲しくなります。以前紹介した細見綾子の「くれないの色を見ている寒さかな」は冬の句ですが、このころにはもうコリウスは霜枯れ。かわって、シクラメンやポインセチアを室内で楽しむことになります。

 コリウスは、6月ごろから店頭に並び梅雨明けにはあまり見なくなりますが、蒸し暑いときには紫陽花の青や紫のほうが嬉しいもの。黄緑のふちに臙脂のコリウスは、お盆過ぎに植えた1株が倍の丈になりました。

 一緒に植えているのは、白い花が咲くガーデンダリアと黒いりぼん状の葉のコクリュウ、ゼフィランサスです。ガーデンダリアは今年初めて植えたもので、花もこれからですが、水をやり過ぎるとよくないタイプ。水を欲しがるコリウスと一緒にしてしまい、気をつけましたが少々心配です。

 定休日には、先日の台風で横倒しになったアサギリソウを切り戻し。何だかんだと庭仕事がありますが、庭仕事には気持ちのいい時期です。

吾亦紅と雲の話

吾亦紅①.JPG


 西側の公園にも芒が目立ち始めました。

 まだ8月なので少し早い気もしましたが、今週は吾亦紅(ワレモコウ)が主役です。
 先日小石川の東大植物園で吾亦紅を見て以来、涼しくなったら飾りたいと思っていたのです。
 去年も9月16日のコラムで、湘子(しょうし)先生の「どの雲の落とし子ならむ吾亦紅」の句とともに紹介しています。そのときはゴールデンレトリバーの毛のようなフェリカと合わせましたが、今年はまず吾亦紅そのものを楽しめるよう、主役を外しました。奥から、緑色の実を付けているノバラ、大きな赤い葉のドラセナ、キイチゴと白い小花をつけているアップルミントです。

 吾亦紅は、秋の七草のひとつですが、元来、高原や山麓に咲く花。
 室内に飾られたものしか知らないと、なかなか自生している姿が想像できず先の句の景も浮かばないかもしれません。しかし、まず信州など山の見える景色を想像し、自分の立っている場所に原っぱを置き、そのなかに吾亦紅をいくつか入れてみると、湘子先生の句の景が広がってくると思います。
 なお、この句は、湘子先生が亡くなった後にまとめられた『てんてん』には残念ながら収録されていません。しかし、この句を読むと、小さなちぎれ雲を見つけて「おまえさん、どっから来たんだい?母雲はどれだい?」と呼びかけている先生の声が聞こえてくるような気がします。
 また、先生には雲を詠んだ句がいくつもありますが、「浮雲はどこへも行くぞ鴉の子」(『神楽』収録)とともに、吾亦紅の句には、小さなものを慈しんでいる先生の姿が浮かんできます。

 ところで、雲といえば、秋になると、小さな雲片がいくつも連なったいわし雲やひつじ雲が現れます。いわし雲は、さば雲あるいはうろこ雲とも呼ばれ、ひつじ雲よりもひとつひとつの雲片が小さく、高空に現れます。
 フランス語では、ひつじ雲のような雲を「りんご雲」と言うのだそうです。27日の朝日新聞の歌壇にフランスの松浦のぶこさんという方の「夕空にポムポムポムとたのしげに薄くれないのりんご雲出づ」という歌が選に入っていました。
 ドイツ語では、Schaefchenwolken シェーフヒェンヴォルケン。ただし、ひつじはひつじでもSchaefchenは子ひつじです。ドイツでは、庭のある家にはりんごの木がよくあり、非常に身近な存在ですが、りんご雲という言い方はしないようです。

 いずれにしても楽しい名前です。しかし、まだ秋雨前線のせいでひつじ雲もいわし雲も目にしていません。秋天(しゅうてん)の野に咲く吾亦紅を思うのみです。

明日は8月6日

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 あくる日は八月六日卵割る  吉沼 等外(『鷹』2001年11月号)

 明日は8月6日、広島に原爆が投下された日です。
 私の場合いつも月初めの日は瞬く間に過ぎ、うっかりすると8月6日も夜のニュースで気がつく、そんなことになりかねないのですが、きょう5日がたまたま休みのおかげで、今年は忘れずに迎えられそうです。 
 しかし、この句の作者、大正9年生まれの等外さんは、毎年心して8月6日を迎えていらっしゃるのでしょう。「原爆忌」という季語がありますが、その季語ををあえて使わず8月6日という日付を出したことで、老夫婦2人きりの暮らしではいつも、朝の食卓できょうの日付を確かめ合う習慣があることも想像されます。『きょうは何日だったかな・・・』『5日です』『ああ、そうだった、うっかりせずにすんだ・・・』例えばこんなやりとりをして、安心して卵を割るのです。
 朝の食卓と考えられるのは、日付を確認するのはやはり1日のスタートである朝が最適であることと、「卵割る」という行為から。生卵のごはんは人によっては朝・昼・晩を問わないかもしれませんが、一般的な(理想的な?)朝食を考えてみます。
 このように、老夫婦が朝の食卓で日付を確かめ合っていると状況を設定すると、食卓の光景ばかりでなく、夏の朝の様子、さらには小津映画に出てくるような老夫婦の家までも想像されます。まだいくらか涼しい夏の朝といっても、すでに蝉がさかんに鳴いているでしょう。開け放たれた縁側、庭の百日紅(さるすべり)・・・。
 広島に原爆が落された日を忘れずに迎えたとしても、作者は特別何をするわけでもないかもしれません。ただ忘れずに迎えること、亡くなった人々に思いを馳せること、不戦を誓うこと・・・。何も書かれていませんが、卵を割りつつ、あるいは箸を動かしながら、心はすでに哀悼の意に傾いているかもしれません。

 ところで、この作者、等外さんと同じ1920年生まれにドイツのWeizsaecker ヴァイツゼッカー元大統領がいます。元大統領が敗戦40年の85年5月8日に行った記念演説はリアルタイムでは知りませんでしたが、ドイツ語がわかるようになってから聞くと非常に格調が高く、感動的なものです。そのなかで有名なのが次の一節です。
 Wer aber vor der Vergangenheit die Augen verschliesst,der wird am Ende blind fuer die Gegenwart.
直訳すると、「しかし過去に目をつむる者は、結局現在に盲目となります」ということになりますが、過去に目をつむれば、現在が見えなくなるということでしょう。
 この演説で元大統領は、戦争で犠牲になったさまざまな人々を挙げ、人々に思いを馳せます。そして、erinnern 過去を心に刻むことの重要性を説き、敵対ではなく共生を訴えます。冷戦下、ドイツがまだ東と西とに分かれていた時代でした。
 いずれにしても、erinnern 過去を心に刻み、思い起こすことは、私たちにも必要なこと。毎日慌ただしく過ごしてしまいがちですが、ぜひ8月には心がけたいものです。

 なお、等外さんは『鷹』の月光集同人です。「とうがい」という号もユニークですが、去年の9月21日25日に紹介した「木犀や木臼の中に猫仔猫」のように、とても楽しい句を作られる方です。面識はありませんが、親しみを込めて「等外さん」と呼ばせていただいています。
 
 写真は、この家の新築記念に市からもらった百日紅。どこに植えようか困った末に鉢植えにしたところ、根が鉢穴から出てしまい、なかなか植え替えもできません。そのせいか、まだ幹の太いところも人差し指程度。蕾も見当たりませんが、今年はピンクの花を咲かせてくれるでしょうか。
 確か、終戦日に付随して思い出す花というアンケートで多かったのが、向日葵と夾竹桃(きょうちくとう)、この百日紅だったと思います。3mから7mになる百日紅も最初はこんなもの。花はありませんが、こんな葉っぱの木です。


百合とユリア

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 レモンイエローに続き、白のカサブランカも咲き始めました。全部で6本の百合の濃密な香りが漂っています。
 私にとって百合は姿よりも香りの花ですが、その香りの秘密を詠った句があります。

 月光を加へし百合の香なりけり  小浜 杜子男(『鷹』1999年11月号)

 百合は人気のない深夜や早朝特に香りが強いものですが、詩的に解釈するとこういうことかと膝を打ちました。あの百合の香には、月光が加わっている!
 そういえば、きのうは日中よく晴れ、夕方始めた庭仕事を終えると、北西の泉ヶ岳の向こうに夕焼が広がり、南西に光を得たばかりの半月が出ていました。庭の百合にも久しぶりの月光が届いたはず。今朝の百合の香りの秘密が解けたような思いです。

 ところで、初めて蕾の百合を部屋に飾ったのは、下宿していた大学のときのこと。戻ると、留守の間に花が開き、思いがけず誰もいないはずの部屋で百合の香りに迎えられたのです。確か百合は毅然とした姿に甘い香りの鉄砲百合だったと思いますが、以来私にとって百合は香りの花。
 香りがなければ百合に手は伸びないのですが、かと言ってお菓子と紅茶の店に強い花の香りは考えもの。香りは、もっぱら外で楽しむことにしています。

 ついでながら、百合というとどうしてもドイツ語のJulia ユリアという女(の子)の名前が浮かんできてしまいます。ドイツでは、Maria マリアやMarie マリーほどでないにしても、わりに多い名前です。
 ちょうど、私がお世話になったHeidi ハイディーのところの女の子もユリア。7月Juli ユーリーに生まれたユリアは生まれてすぐハイディーとPeter ペーターの養女になったのですが、名前は、2番めのPhilipp フィリップが幼稚園の同じクラスの女の子の名前がいいと言って、ユリアに決まったとか。ドイツ語の百合Lilie リーリエとは全く関係ないのですが、ユリアと口にするたび私にはユリア本人とともに百合も浮かんでしまい、百合というと花とともにユリアと連想してしまうのです。

 ちなみに、百合の名前は、花が重いため微かな風にも「揺れる」ことに由来するそうです。しかし、薔薇に比べるととても丈夫で、何もしていないのに虫食いも病気もありません。花は丈夫がいちばん!そう悟った私には嬉しいかぎりです。

雨のカサブランカ u. ホトトギスの話

カサブランカ開花.JPG
 

 先週の火曜日から雨続きですが、カサブランカが咲いてくれました!
 カサブランカというと白のイメージですが、スペイン語でカーサ・ブランカ「白い家」という意味だそうです。
 実は白も植えているのですが、レモンイエローの方が先にきょう開きました。
 甘いながらも清々しいラヴェンダーに比べると、甘く重い香りですが、百合もやはり香りあってこそ。香りがお伝えできないのが残念です。

 お伝えできないものといえば、ちょうどきょう今年初めてヒグラシの声を聞きましたが、お伝えできず残念です。また、西側に公園と雑木山があるので、そこからウグイスやホトトギスなどの鳴き声が届くのです。
 私は鳥については名前しか知らず、ホトトギスは「トウキョウト、トッキョキョカキョク」と鳴くものだと鵜呑みにしていたほど。本当は「キョッキョ、キョキョキョキョ」と鳴くということもやっと最近気がついたばかりなのです。ちょうど大輪の薔薇のシュネーヴァルツァーが盛りのころ、ウグイスが朗々といくつもの技巧をひけらかしていると、ひとつの歌ばかり不器用に繰り返している鳥がいることに気がついてはいました。しかし、まさかすぐそこで鳴いているのがホトトギスとは夢にも思わず、2度の夏を過ごしてしまいました。
 というのも、ホトトギスはてっきり、こだまが返ってくるような深山の鳥と思っていたからです。しかし、歳時記をよく読むと、ホトトギスも托卵する習性があり、ウグイスの巣に産卵すると、孵った雛は他の卵や雛を放り出し、餌を独占して育つそうです。おそらく私が耳にしていたホトトギスも、雌がウグイスへの托卵を果たしたのでしょう。最近ピーピー雛が鳴く声が聞こえますが、もしかしたらホトトギスの雛かもしれません。去年も同じ時期同じ鳴き声の雛が一羽近くで鳴いているのは耳にしていましたが、全く見当もつきませんでした。

 ところで、ホトトギスの句というと、杉田久女の「こだまして山ほととぎすほしいまま」が思い出されます(「こだまして」のこだまの漢字が出ません。ちょうど谷と牙とを1文字にしたものです。「まま」の2番めのまは文字の重なりを表す文字です)。先日紫陽花の句も久女の「紫陽花に秋冷いたる信濃かな」を紹介しましたが、そのころも頻りにホトトギスが鳴いていたので、「こだまして・・・」の句がよく浮かんだものです。
 久女は、まさにわが世の春を謳歌しているホトトギスを詠っていますが、ホトトギスの句ではほかにも思い出されるものがあります。
 
 天近き田も水足らひほととぎす  藤田 湘子(『神楽』)

 湘子先生の句には、どこか山の上まで広がる棚田の光景が浮かんできます。田植えがすんでしばらくのあいだ、稲は十分水に浸かっていなければならないそうですが、その時期の景でしょう。植えられたばかりの苗と苗との間はまだ空いていて、水が十分行きわたっているのが見えます。水は、どこからか山の湧き水を引いたものでしょう。清冽な田水と幼い苗。風が渡ると、田にさざなみが立ち、苗がそよぎます。向かいの山からはホトトギスの声・・・。
 こんな心を洗われるような景を目にしたことはありませんが、私などは句から離れて、このような環境のところで作られるお米はさぞ美味しいだろうと余計なことまで考えてしまいます。
 実は、裏の道を雑木山のところで左折せず、右手に降りて行くと、古い小さな集落があり、農業をしていらっしゃる家も何軒かあります。4月の終わりごろ田に水が入れられ、連休のころ田植えをするようですが、住み始めるまで、このすぐそばに田んぼがあるとは思ってもいませんでした。しかし、さすがにカエルの声には気がつき、どこから聞こえてくるのか、声のする方に歩いて行って田んぼを見つけたのです。水が引かれた田んぼの畔にサクラが1本、背の芽吹きはじめた山にはヤマザクラがぽつんぽつんと咲いていました。この田んぼのお米もホトトギスの声を聞きながら育つわけですが、残念ながら、清く澄んだ冷たい清冽な水まではないでしょう。

 ホトトギスのキョッキョ、キョキョキョキョの声は、ぱたりと止んでしまいました。いつの間にか繁殖期を過ぎたようです。庭では長雨に負けず、カサブランカのほかにも、アーチの薔薇が二番花の蕾を膨らませています。

紫陽花

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定休日の火曜日、街に出たついでに水色の紫陽花を買いました。ちょうど雨が降ったり止んだりの梅雨らしい天気で、少し肌寒くもあったので、コットンのニットをはおっていたのですが、偶然服と同じ水色の花を選んでしまいました。ただ、紫陽花は水あげが難しいので、花にとっては、室内に飾るよりも外に咲いているものを楽しむべきとも思いますが、やはりこの時期になると愛でたくなってしまいます。

 ところで、紫陽花というと梅雨の花、5月の下旬から咲き始めて盛りは6月、せいぜい7月に梅雨が明けるまで、というのが私のイメージです。しかし、梅雨入りが遅い地方ではその花の時期もずれます。実際、このあたりではようやく6月も半ばを過ぎて紫陽花の毬もそれらしくなり、色も目立つようになりました。
 そのことにようやく気がついたのが札幌時代。札幌では紫陽花の開花はさらに遅く、8月ごろだったと思います。私は、立秋を過ぎて咲く紫陽花を奇異に思ったものですが、10月を過ぎて気温も10度を下回り暖房が必要になっても咲き残る紫陽花には憐憫の情を禁じえませんでした。
 
 そんな経験があったことから、紫陽花の句で真っ先に浮かぶのが、杉田久女(ひさじょ、明治23年~昭和21年)の次の句。

 紫陽花に秋冷いたる信濃かな  久女

 紫陽花は夏の季語になっていますが、この句の場合、季語は、信州のどこかで目にした紫陽花自身ではなく、肌にひんやり感じる「秋冷(しうれい=しゅうれい)」。秋の句です。
 いまの時期の句ではないのに紹介したのは、紫陽花の句でほかに思い浮かぶものがなかったからです。おそらくほかの花の場合でも言えることですが、自分の庭などにあってよく目にする花の句は、あまりに卑近な個人的な内容になってしまい、一般的に普遍性がありません。そのため、紫陽花に誘発されて句を作ることはよくなされても、それを別の人間が共感し、その時期になると自然と思い出されて楽しめる句ができるわけでもないようです。実際、あらためて歳時記や『鷹』などをひっくり返してもぴんと来るものがありませんでした。
 もっとも、ぴんと来るような句であれば、わざわざ探すまでもなく記憶に残っていたはずですが、作句からしばらく遠ざかっている身にもしっかり根付いているのが、久女の句だったのです。.久女は南国生まれで、お茶の水高等女学校を卒業後、結婚後九州の小倉に移ってから俳句を始めました。そのせいか、おそらく、まだ残暑の厳しい土地から来た久女には、信州の秋は思いのほか冷えたのでしょう。秋冷とは、残暑のあとようやく訪れた快適な涼しさとはちがい、一枚上にはおるものが欲しくなるものだと思います。おまけに、九州では梅雨が明けてからはすっかり勢いをなくし、目にすることもなくなった紫陽花が咲き残っているのも奇異に写ったことでしょう。自分は一枚はおるものが欲しいくらいなのに、信州ではまだ冴え冴えと紫陽花が咲いている。句では具体的に久女自身の気持ちは述べられていませんが、最後の「かな」の一語に、信州と花に対する驚きと賛辞とが込められているように思います。
 こう思うのは、私が札幌でそのような経験をしたからですが、作者自身の気持ちが述べられていないからこそ、自由に想像できるのです。以前にも書きましたが、写生だからこそ、読み手の想像が広がるのです。作者側からすれば、違う!という反発も受けるかもしれませんが、あくまでも私の鑑賞にすぎません。読み手一人ひとりに異なる鑑賞があっていいと思います。どうぞ、これを読んでいらっしゃる方も私の鑑賞に囚われることなく、読んでみてください。ただ、秋冷のころ咲いている紫陽花を目にしたことがないと難しいかもしれませんが…。

 今回は水色の紫陽花でしたが、ピンクの薔薇にあわせて植えたラベンダーの穂も紫が濃くなってきました。咲きそろうまでもう少しです。

薔薇③

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シュネーヴァルツァーがつぎつぎ咲き出しました。

 「雪のワルツ」の名前のとおり、花色は「白」に分類されていますが、実際は、林檎の果肉のような生成。中心にうっすら赤みがあります。 花は白が好きなのですが、薔薇の場合花びらの形によっては近寄りがたい雰囲気にもなるので、純白ではなくこのようなカジュアルな色にしたわけです。
 開くとふつうの薔薇の2倍はあろうかという大きさ。そのためとても脆く、散り始めるとすぐに崩れてしまうので、満開になったものはなるべく早く切るようにしています。切ったものは、皿に水を張って、北側の窓辺に。2,3日優雅な香りを楽しめました。

 ところで、薔薇というと、中村草田男の次の句を思い出します。

 手の薔薇に蜂くれば我王の如し

 少し自己陶酔的でもありますが、「我王の如し」という比喩から、手にした薔薇のそれだけ華やかな様が思い浮かびます。きっと、花びらが何枚も重なった大輪の薔薇でしょう。色は何色でしょうか。ピンクやオレンジ色ではないとして、赤ではカルメンのような情熱的な女性のイメージが濃厚です。草田男の他の句から受ける印象では、このような生成か黄色が似合うような気がします。
 そんなわけで、シュネーヴァルツァーは、まさにこの句のイメージ。この薔薇を見るといつも草田男の句が浮かんでくるのですが、この何枚も花びらが重なり合った姿を見ていると、毎度のことながら、薔薇という漢字が見事にその姿を映していることに感心してしまいます。
 例えば、漢字ではなくカタカナでは、このような大輪の花の姿が想像されません。「バラ」と書くと、もっと小ぶりの花で、あえて言えば小悪魔的な感じ。私にとっては、「王」ではなく、カルメンのイメージになってしまいます。以前カーニバルの「薔薇の月曜日」の稿(2月22日)では、「薔薇」という漢字が偶然にも、カーニバルのごったがえした様子や無秩序を表しているような気がすると書きましたが、実物の花を見てつくづく、漢字は情報密度が高いと思います。

 ついでながら、9月12日のコラムで草田男の「葡萄食ふ一語一語の如くにて」を紹介いたしましたが、この句の比喩からも、直接表現されていないものの、草田男が一語一語を噛みしめるように物を読んでいる姿が浮かんできます。どちらの句も比喩が、間接的にもうひとつの事柄を暗示しています。
 また、草田男というと、妻子を詠んだ句が多く、「万緑の中や吾子の歯生え初むる」がよく知られています。まわりの山々もまさに万緑ですが、私が好きなのは先のように草田男自身の姿が現れているもの。

 思いのほか梅雨入りが遅れて、好天に恵まれています。願わくは、花が咲き終わるまでの猶予を。

りぼんサービス

ヒマワリとストック(5月第2週).JPG


 今週の花のご紹介です。
 連休前は、紫紺のテッセンと白のアルストロメリア、ピンクのカーネーションという組み合わせでしたが、今週の主役は3本のヒマワリ。

 今週は母の日の前ということで、花屋さんにはカーネーションばかり。私も素直にカーネーションでもよかったのですが、欲しくなるような色のものがなかったのです。カーネーションは、レモンイエローないしはグリーン系の大輪の一輪咲きのものがとても品があると思います。黄色は私にとって、というか「モミの木」にはとても合わせにくい色ですが、だいぶ前のウィーンフィルのニューイヤーコンサートで、楽友協会の花が白とグリーン系にレモンイエローの組み合わせの年がありました。レモンイエローが場内に使われている木の色(おそらくオーク)に馴染み、またよく映え、最高に美しく上品でした。
 以来、品よくしたいと思ったらこの組み合わせで、白い花にグリーン系かレモンイエローのカーネーションはよく使うのです。

 しかし、今週は珍しいヒマワリの臙脂いろに目が留まってしまい、この1本を生かすべく、スプレー咲きのストック、グリーンのブプレリウム、カスミソウを選びました。ヒマワリといっても、ダリアほどの丈と大きさですが、1本なのにこの存在感です。このほかに、黄色は生垣の根もとの黄水仙とグリーンは厄介ものになってきたキイチゴの枝です。
 本来季節を先取りしすぎることは、エネルギーやコストが過分にかかるうえ、いまの時期をないがしろにするようで好きではないのですが、次はいつ会えるかわからないなどと思ってしまったのです。

 ところで、世の中には母の日に花よりお菓子という方もいらっしゃり、連休前から、母の日の贈り物というご注文をいただいています。このような場合、カードはありませんが、くるくるリボンをかけ、贈り主の方のお名前を伝票ならびにご挨拶文に入れています。
 「モミの木」ではなるべく環境に配慮するよう努めていますので、包装紙にお包みはいたしませんが、リボンは無料にてサービスいたしております。また、必要な場合は手提げ袋もお付けしております。通信欄に一言ありますと、対応できます。どうぞ、ご遠慮なくお申し付けくださいませ。1月24日のコラムに写真があります。どうぞ、そちらをご参考に。

 いまから間に合わない方、俳人の正木ゆう子さんに「母の日の母にだらだらしてもらふ」という句があります。できれば、これがいちばんかもしれません。

芽吹いたばかりのカツラ

カツラのひこばえ.JPG


 カツラの新芽は紅いのか。
布施伊夜子さんの「紅涙(こうるい)をしぼりし桂芽吹きけり」を見てからいつかは確かめたいと思っていたのですが、ご覧のとおり。どの木もすっかりうぐいすいろのような黄緑に変わってしまっていましたが、剪定された下枝の脇から出た「ひこばえ」の部分の葉が紅く残っていました!

 ひこばえの葉でさえこれほどならば、木全体がうぐいすいろの葉に変わる前はさぞかし素晴しかったことでしょう。紅涙のカツラの芽吹きを見るには、おそらくサクラの咲き始めるころには見ないと遅いかもしれません。

 この近くでは将監(しょうげん)に並木がありますが、カツラはほんらい谷川や泉の近くに育つ木だそうです。私が山のなかで初めてカツラを見たのも、札幌の円山(まるやま)を動物園側に下りたところの沢辺。幹のりっぱな巨木でした。

 上高地にもりっぱなカツラが何本もあるようです。ゴールデンウィークに見る機会のある方もいらっしゃるかもしれません。まるい葉が特徴です。ぜひ、沢の辺りを探してみてください。

 なお、連休中は、何度かお知らせのとおり、実店舗は4月30日~5月8日までお休みです。ネットショップは、月曜火曜の定休日以外は通常どおりです。

新緑のカツラ

新緑のカツラ①07.04.24.JPG


 写真のカツラも私が気にかけている木のひとつ。この木を北側から写した黄葉の写真も以前のコラムに(06.10.23『黄葉のカツラ』)紹介しました。これは南側から撮ったもの。同じ木でも写す角度によって印象が変わります。
 カツラは黄葉の時期カラメルのようなあまい匂いを発するのですが、先日それに似たあまい香りが漂ってきました。もしかしたら、芽吹きの時期にも黄葉の時期のようにあまい匂いを発するのかもしれません。

 ところで、カツラの芽吹きといえば、『鷹』の日光集同人の布施伊夜子さんに次の句があります。

 紅涙(こうるい)をしぼりし桂芽吹きけり  布施伊夜子(『鷹』2000年6月号)

 紅涙とは、血の涙の意のほかに、美しい女性の流す涙の意もあるようです。木には、葉が芽吹くときから緑いろのものと、最初赤銅色の葉が芽吹き、葉が開くにつれてだんだん緑いろになって行くものとがありますが、この句からするとカツラは紅い葉が芽吹くようです。
 カツラの黄葉が大好きなのに芽吹きは見たことがなく、実はその確認がきょうの散歩のいちばんの目的。しかし、少し遅かったようで、すでに葉が開いてしまっています。カツラは公園に何本かありますが、遠目に見てもどれも黄緑いろの葉が出ているようです。カツラは、芽吹きの早い木だということも初めてしりました。 
 というのも、生まれ育った静岡では常緑樹が圧倒的。実家は高い槇の生垣に囲まれ、西側には冬の西風を防ぐため大人一人では抱えきれないほどの木が何本もありますが、どれも常緑樹。秋に色を変え落葉する木など、イチョウかサクラ、プラタナスくらいしか思い浮かびません。そのため、木が芽吹くとき赤銅色のものもあるということは、遅ればせながら、ここで暮らして初めて気がついたのです。
 また、紅涙という美しい言葉も、恥ずかしながら初めて知りました。このように美しく、艶やかな言葉を俳句で使うことは難しいのですが、言葉が浮くことなく一句に納まっています。
 
 さて、カツラの新芽は紅いのか。ちょうど、剪定された下枝の脇からひこばえが出ていました。その写真があります。どうぞ、次の稿をご覧くださいませ。

サクラ並木 u.連休のお知らせなど

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 先週木曜日12日朝のサクラの写真に引き続き、今回もそのとき撮ったものの1枚です。
 というのも、その後写真のような青空に恵まれなかったため。この並木は、「モミの木」の西向かいにある公園の西側。今年は例年開花の14日より少し早く、12日の好天で夕方にはほぼ満開になりました。

 俳句にも「春愁(しゅんしう・はるうれひ)」という季語があるように、春は、花が次々とほころび、新年度も始まって、心が華やいだりシャキッとしたりしますが、その反面ふっと、もの哀しい思いに囚われることがあります。おまけにちょうど花(桜)のころは、花曇(はなぐもり)、花冷えの時期。私の場合心が晴れないのは、天気のほかにもうひとつ理由があります。
 「モミの木」はサクラ並木がすぐそばのせいで、この時期混むでしょう?と言われるのですが、全くの逆なのです。いつもいらっしゃるお客さまは見えず、土・日は「基本的に」看板も出さないようにしているので、店と気がつく方も少ないようです。また、花見をなさる方はみなさんコンビニのお弁当や飲み物の袋を提げていらっしゃいますし、お子様連れの方も多いのです。そのため、ランチも予約が必要、お子様連れもご遠慮いただいている「モミの木」は通常より静かな状態。私としてもランチやお子様連れのお客さまをお断りするのは心苦しく、断わられる方もいい気分はしないはずです。

 そんなわけでこの時期お子様連れの多い土・日は看板は出さないようにしていますが、営業はしております。4月は、29日まで実店舗の休業予定はありませんが、以前お知らせしたとおり、実店舗は4月30日月曜日~5月8日火曜日まで連休いたします。
 なお、看板は最近まで全く出さないようにしていたのですが、やっているかどうかわかるように出してほしいという要望のため、なるべく出すようにいたしました。サクラの時期でも、平日は、雨や風の強くないかぎり出しています。ただし、ランチのご予約で手一杯のときはその時間看板を出さないこともあります。(看板を出さない理由は、2006年11月11日のコラム参照)

 お店なのに看板を出さないのはおかしい、と思われる方もいらっしゃると思いますが、私としては商売として「モミの木」をやっているのではなく、ドイツの家庭で作って食べられているお菓子Kuchenクーヒェンとドイツの知人の家の居間のようにコーディネートした空間とを通して、一般的なドイツのイメージ(=ビヤホール文化)とは別の側面(家庭のくらし)を伝えられたら…、と始めたもの。むしろ、「店」の雰囲気がなるべく出ないようにしています。そのため、ふつうのドイツの家庭にないものは使わない、出さない、ふつうの主婦がやらないこともしない。そう心がけているのです。

 看板もその基準に合わないものですが、レジもトイレのペパータオルもその意味でも使いたくないもの。そこで、数字が苦手な私はレジをかわいい子犬の絵が並んだティータオルで隠し、トイレのペーパータオルはゴミにもなるため、ハンドタオルを用意しています。
 ただ、日本にいるドイツの知人とも嘆くのですが、最近ご自分のハンカチを使う方が少なくなってしまいました。ドイツではよく、再生紙を漂白していないごわごわのグレーのペーパータオルがトイレに置かれていますが、知人は来日した当時みんながハンカチを使っているのを見て、ほんとうにumweltfreundlich!ウムヴェルトフロイントリッヒ 環境にやさしい!と感心したそうです。しかし、私もホテルやデパートのトイレで使われたペーパータオルが溢れているのを見ると、唖然としてしまいます。タダならあっても貰う、使うということに馴れてしまったのでしょうか。ご自分のハンカチを使えばその分ゴミが減ります。最近やっとレジ袋削減が声高になってきましたが、公共のトイレのペーパータオルや騒々しい手の乾燥機(ハンドドライヤーとでもいうのでしょうか?)なども使用を慎みたいもの。持参のハンカチで拭けばすむものにこれほどエネルギーが必要か、ぜひ考えてほしいと思います。

 ところで、サクラですが、土曜日のにわか雨や日曜ときょう月曜の午後からの雨にもかかわらず、散ってはいません。青空が待たれます。
 

お粥とミルヒライスの話 

ペーパーバック(カウンター).JPG

 くつくつと笑ひだす粥春の風邪  岡田靖子 (『鷹』2001年6月号)

 現在19日月曜日から28日水曜日まで実店舗のお休みをいただいておりますが、せっかくの休みというのに風邪で寝込んでいます。
 実店舗では小学生以下のお子様連れをご遠慮いただいているせいか、学校の休みの日はお子さんがいらっしゃる女性やお孫さんの面倒を見ていらっしゃるお客さまのご来店がありません。そこで、春休みの間は実店舗はお休みにして、ふだんできない用事を片付けよう…と目論んだのですが、ひたすら薬を呑んで横になるのみ。ようやく峠を越えたものの、こういう時に読みたい本もなくて、もったいないなどと思っています。

 『春の風邪』は、歳時記にも「それほどおもくはなく」、「あたたかくなった日ざしの中、家で休んでいたりして、情感がある。」と説明されているとおり、大したことはないというイメージがありますが、今回は春の風邪だからと侮って、あと1日…と無理をしたのが失敗。悪化させる原因になってしまいました。とにかく風邪は先手必勝。ずる休みのように思える段階で休むくらいでちょうどいいのかもしれません。もっとも、ひかないに越したことはありませんが。

 ところで、風邪というと掲句のようにお粥ですが、私の場合、お粥は七草粥や小正月の小豆粥のみ。それ以外実際風邪をひいてお粥を食べたのは子どものとき以来ありませんが、ドイツにいたとき小学校の給食でMilchreisミルヒライスが出たことがありました。
 このミルヒライス、どんなものかご存知でしょうか。映画『ベルリン天使の詩』のなかで、天使役のブルーノ・ガンツが読む≪Als das Kind Kind war, アルス ダス キント キント ヴァール≫「子どもが子どもだったころ」で始まる詩が何度となく挿入されるのですが、そのなかに≪wuergte es am Spinat,an den Erbsen,am Milchreis und am geduensteten Blumenkohl,≫と続く箇所がありました。これは、ほうれん草やえんどう豆、ミルヒライス、蒸したカリフラワーは飲み込むのに苦労した、苦手だったという意味で、パンフレットでは確かミルヒライスが単なるライスになっていました。どうやら訳者はミルヒライスを知らなかったようですが、ドイツで食べたライスは苦手ではないけれど、ミルヒライスは大の苦手の私からすると、ライスとミルヒライスは大違い!なのです。
 Milchが牛乳ということがわかれば、牛乳で煮たReisと想像がつくと思います。現に、私がその数年後に買った『独和大辞典』には、「米を牛乳でやわらかく煮たもの」という説明がありますが、肝心の味の説明がありません。
 ドイツでもReisを食べることは先日のチキンライスの回にふれたとおりで、給食で出た、ささみのソテーを生クリームのソースでかるく煮たものに付け合せのReisをあえていただくのは美味しかったことも記しましたが、これは違うのです。甘い!のです。要は、牛乳のお粥、牛乳のリゾットですが、塩気はなく、甘いのです。
 ミルヒライスが昼の給食のときは、これ一品。ほかに、おかずもデザートもありません。私が何も知らず、初めて食べたときの驚きと言ったら!見た目は、具のない牛乳のお粥です。きょうのお昼はさみしい…とおもむろに一匙口に運ぶと、塩味の牛乳のお粥と思ったものが、甘い牛乳のお粥だったのです。
 ありがたいことに、この学校では給食は全員がとるものではなく、1週間前に発表される献立を聞いて各人が希望する日のみ頼むというシステムでした。そのため、ミルヒライスのときはライ麦パンのサンドウィッチなどを用意することで、私は事なきを得ました。
 もし、このミルヒライスが食後のデザートやおやつとしていただくのならば、よかったかもしれません。例えば、「ぜんざい」は好きでも、給食が「ぜんざい」だけだとしたら、喜ぶ子ばかりではないでしょう。
 しかし、何といっても甘いごはんそのものに対する抵抗は消えません。もっとも、子どものころ私の家では、風邪をひくと、いわゆるお粥ではなく、食パンを牛乳で甘く煮た「パンがゆ」が定番でした。考えてみれば、牛乳と砂糖で甘く煮たものが、パンかごはんの違い。そのパンのほうを喜んで食べていたのですから、ミルヒライスのことをうんぬん言う資格もないかもしれません。なお、小正月のときに食べる小豆粥は、お粥にあらかじめ茹でた小豆と餅を入れて煮、塩で味を調えたもの。小豆だからといって甘いお粥ではありません。

 写真は、ガスレンジの前のカウンター。ここ以外にあちこちに2階の本棚からあふれたペーパーバックを並べています。本は全て英語。子ども向けの本のほか、赤毛のアンやクリスティーなどもあります。
 お茶のお客さまには、図書館のようにゆっくりしていただきたいのですが、なかに欲しいというお客さまもいらっしゃいます。そこで、古物商の免許も取り、販売できるようになりましたが、値つけまで手が回りません。関心がありましたら、どうぞお問い合わせくださいませ。
 

春の雪

雪晴の辛夷の芽(3月13日).JPG

 日曜日の日中舞っていた風花が夕方から雪になり、月曜日は1日中降り続きました。
 火曜日はよく晴れて、結局積雪は10cmほど。雪には何種類かあって、私は雪掻きの楽なもの、つらいものとに分けています。つらいものは、軽くて風に飛ばされやすく、雪掻きのしにくい粉砂糖状の雪と、水を含んで重く、スコップの雪を投げ捨てるのも大変なザラメ状の水雪。ありがたいことに、今回は白砂糖状で、掬ってもスコップからこぼれ落ちることもなく、かと言って水分がありすぎて重いわけでもなく、さくっと掬っては投げ捨てられる、とても雪掻きが楽なタイプでした。

 雪掻きをしてできた雪の山はまだ残っていますが、日中の日差しに公園の雪はほとんど解けてしまいました。降っても積もることなく消えてしまう雪や、積もってもすぐに解けてしまう春の雪。このような雪を俳句では「あわゆき」と呼び、「淡雪」ないしは「沫雪」と書きますが、先日の「折々のうた」(朝日新聞)に加藤楸邨(しゅうそん)の句が紹介されていました。

 淡雪の消えてしまへば東京都  楸邨

 東京でも春先に雪が舞って積もることがあります。例えば、夕方降り出した雪は最初のうちこそ大きな切片の牡丹雪だったのが、だんだん小さくなって、見る見るうちに積もっていきます。一面真っ白の東京。家々や街路樹だけでなく、猥雑なネオンも看板もすっぽりと包まれてしまいます。こんな夜は、だれしも電車が動いている間に帰ろうとするのでしょう。人も冬タイヤを付けていない車もぱったり途絶えてしまいます。そしてふだんとはちがう、静寂と景色の雪の夜。庭の植木はこんもりとまるくなり、無秩序なほど思い思いに作られた家々の屋根も白一色です。雪ひとつで、いつもの東京がこんなにも静かでこんなにも美しい。
 それが、次の朝になってみると雪はすっかり上がって、日が差しています。よく降っていたと思った雪もわずか数センチ。すでに屋根の雪は解け出し、さかんに滴が落ち始めています。都心では昼ともなればすっかり雪は解けてしまい、道路も乾ききってしまいます。昨夜の雪は、跡形もありません。嗚呼!人の流れも車の騒音も、猥雑な看板もいつもどおり。昨日の静かな美しい街は消えて、いつもの東京、いつもの日常です。
 呆気なく消えてしまった雪と呆気なく戻ってしまった日常の光景に、うらめしくもさみしく思う気持ち。もう少し、夢を見させてくれてもよかったのに…。東京に住んでいたころ、私は雪が消えてしまうたびに、つまらない、物足りない気分になったものです。
 そんな気分を下五の「東京都」という、地方公共団体の名称を使った表現が表していると思います。東京といえば人それぞれにイメージがあって、親しみを込めて呼ぶこともできますが、「東京都」という行政単位の名称に親しみは持てません。主観は一切述べられていませんが、「東京都」という表現から、雪の消えてしまったいつもの東京の光景だけでなく、それを眺めて少々憮然としている作者の表情まで見えてきました。

 今年はあとどれくらい雪が見られるでしょうか。梅は五分咲きといったところで、辛夷の芽はご覧のとおり。元日の写真に比べて大きくなりましたが、開花までもう少しかかるでしょう。早く辛夷の花が見たいという気持ちもありますが、まだ雪を待つ気持ちも消えません。雪の珍しい土地に生まれ育った方なら、次の波郷(はきょう)の句にも共感されるでしょう。

 春雪三日祭の如く過ぎにけり  石田波郷

 先の楸邨の句は雪の消えてしまったさみしさ、物足りなさを詠っていますが、波郷は思いがけず春の雪が三日続き、昂揚した満足感を詠っています。なお、五・七・五の上五(かみご)は字余り。「しゅんせつみっか」と一息に詠み、軽く小休止をおいて、一気に「まつりのごとくすぎにけり」と詠みます。この張りのある調べにも波郷の昂揚感が現れていると思います。俳句では、主観は述べなくとも、調べや表現の仕方ひとつで作者の思いや気分を伝えることができます。特にこの句は、お腹に力を入れて詠むべき力があります。東京ではもう春の雪は期待できないかもしれませんが、桜が咲いてから牡丹雪が舞った年がありました。ぜひ心に留めてほしいと思います。

チキンライスとお皿の話

ボンジョルノホワイト・プルーン①.JPG

 
 チキンライス皿まで赤し春来る 窪田ちか(『鷹』2002年5月号)


 ここ仙台でも先週梅の開花のニュースがありました。暖かさからと言うより、最近とみに日が長くなったおかげで、春が来たのを実感しています。「モミの木」の西の窓辺のテーブルも4時半を過ぎても明るく、物を読むのにちょうどいいのです。
 ドイツでもカーニバルの後、クリスマスのころは3時を過ぎると沈んでしまった日がだんだん長くなり、日の長さとともに春を感じたものです。

 ところで、冒頭の句です。俳句で「春来る」というと立春のことで、必ずしも春が来たという実感を表す季語ではありませんが、私は暦の立春のころというより、春になった、もう冬の光とはちがう、と気がつくようになると、このチキンライスの句を思い出してしまいます。
 一読、「あ~、おいしかった!」という声が聞こえてきませんか。チキンライスはきれいにお腹におさまって、いまはケチャップが赤く残った(白い)皿のみ。食後の飲み物を待つ間、お腹も心も満たされて、外に目をやると、何だか光がちがう。冬の光にはよく晴れていても刺々しい感じがするのに、刺々しさが消えている。光がまるくなっているような…。庭に植えられた花々も心なしか暖かそうに見える…。
 この句では、「春来る」のみで、具体的に春の季語が使われていません。読み手の想像に委ねられているので、上の鑑賞も全くの私の想像にすぎません。
 ただ、チキンライスを外で食べるとしたらどんな場所か、と考えてみると、チキンライスというクラシックなメニューのため場所が限定されます。デパートの食堂や昔ながらの喫茶店にもチキンライスがあると思いますが、外の景色を眺められるような場所でないと「春来る」が実感しにくいもの。しかし、チキンライスが定番の老舗の洋食店ならば、中庭などがあったり建物自体が緑ゆたかな場所にあって「春来る」という気分も味わえそうです。そんなわけで、チキンライスの一語に私は緑が楽しめる老舗の洋食店を想像したので、自然とケチャップの残った白い皿に銀のスプーンまで見えてきました。
 また、俳句で食べ物の句を作るときは、旨そうに作れ、と言われますが、チキンライスと「春来る」のおかげで老舗洋食店が想像でき、老舗洋食店のチキンライスならば味も保証されます。現に作者はきれいにお腹におさめて、赤くなった皿が残るのみ。不味いわけがありません。
 最後に、チキンライスを食べたのは外ではなくて、家だった可能性もあるかもしれません。しかし、皿の赤さに目が行ったことを考えると、真っ白な皿だったからこそケチャップの赤が鮮やかに見えたのだと思います。家庭で使う柄物の皿の場合、なかなか赤い色も美しく見えません。白の磁器だからこそ、ケチャップの赤も美しく見えるのです。そんなわけで、私は、お皿からも老舗洋食店を想像したのですが、いかがでしょうか。

 このように書くと長くなりますが、考えるのは一瞬のこと。その後は、久しぶりにわざわざチキンライスを老舗洋食店まで食べに行きたいなどと、美味しい店を思い出しては楽しくなってしまいましたが、写真は「モミの木」で使っているお皿です。
 正確には上のプルーンのスープ皿は自家用で、「モミの木」では、同じサイズでプルーンの柄とゴールドの縁のない、それこそ真っ白なスープ皿にハンバーグやビーフストロガノフを盛っています。付け合せは、ドイツでもよく一緒に出されるじゃがいもといんげんの場合が多いのですが、たまにいんげんと人参を盛ったときは、この白いお皿のおかげでとても人参が映えます。
 白にもいろいろあって、黄色っぽいものや灰色がかったものがありますが、これは色白。料理を美しく見せてくれる色です。
 また、本来のディナー皿は下に置いた27cmのもの。ただ、日本人の胃袋や日本の食卓には大きすぎるため、私は直径18cmや21cmのお菓子用に使っています。一方、上の24cmのお皿はスープ皿ですが、スープのほか、パスタ、シチュー、カレーなどにもぴったりのサイズ。非常に重宝しています。同じ24cmのディナー皿よりも、カレーは食べやすく、シチューが盛れることから、これから買うならばこちらがおすすめ。このお皿に盛った写真をご覧になればおわかりいただけると思います。

 ただ、いつまでも料理が美しく見えるよう、チキンライスをお出しするわけではありませんが、仮にチキンライスを盛っても「皿まで赤し」と見えるよう、手入れをしています。1枚1枚ソースの残りなどを拭い取ってから洗っているのですが、その話はいずれまた。
 
 なお、先日なるべくライスではなく「ごはん」という言葉を使いたいという話を書きましたが、チキンライスは例外です、念のため。
   

雛祭①

雛祭の本.JPG

 ファッシング(カーニバル)の薔薇の日曜日も終わって、明日からドイツでは四旬節。なかには、この間アルコールを控える人や卵や乳製品を控えたりする人もいるようですが、私が滞在していたカトリックの家庭では、特に四旬節だから肉は控えて…ということもなくふだんと同じような食事でした。

 そんなわけで私も復活祭まで特別なことはせず、関心は雛祭。ファッシングが終わったら、クロスも桃や萌黄色のものを使い始めます。また小さなお雛さまでも飾りたいところですが、私のお雛さまは静岡の実家。気持ちだけでもと、雛祭の本を用意しています。
 残念ながら、私は旧暦で4月に祝う実家のお雛さまを飾ることも、ましてやまみえることもありませんが、お雛さまを出すころになると思い出す句があります。
 
 過去よりも短き未来雛飾る  岡田靖子(『鷹』2000年5月号)

 この句を作ったとき、作者の岡田さんは50代になったばかりだったとか。あるとき恙なくお雛さまを飾りながら、もう自分の行く末が来し方よりも長くはないことに、はたと思い至ります。その厳然とした事実にさぞや驚き、動揺したことでしょう。しかし、自分の感情には何もふれずに、「過去よりも短き未来」という事実のみを詠っています。個人の感情の吐露がないからこそ、読むほうもその事実にハッとさせられます。
 女性の平均寿命を考えると、私の場合残されている未来は過去と同じくらいでしょうか。この句にはいろいろと行く末を考えさせられますが、もう一句雛の句を紹介したいと思います。作者の蓬田節子さんは『鷹』の大先輩。女性は、お雛さまを出し入れしながらものを思うようです。

 笛失せし雛の歳月わが歳月  蓬田節子(『鷹』2002年5月号)

春を告げる花

マーガレットとミモザ.JPG

 五分後に恋あるごとしミモザ咲く  矢口晃(こう)(『鷹』2001年5月号)


 真っ先に春を告げる花の意で、「春告草」と言えば梅の花の異名です。
 私にとって春告「花」と言えばクロッカス。以前住んでいた札幌では、3月は暦のうえでも光も確かに春なのに気温は0度前後。まだまだ寒い日が続き、雪解けは年によって違いますが、3月でも雪が多かったことがありました。それでも、クロッカスはまわりに雪が残っているうちから蕾を出します。上旬中旬などの差がありますが、それが3月だったと思います。雪道に足を滑らさないよう足もとばかり見て歩いていると、ある日真っ白ななかから黄色や紫が目に飛び込んでくるのです。筆先ほどのクロッカスの蕾です。この小さいながらも寒さに立ち向かう果敢な蕾を見ると、いったいいつ冬が終わるのか、春が来るのかわからないような寒さのなかで、励まされるような気持ちになるのです。特に白一色のなかの黄は温かくも見えます。

 そんなわけで「モミの木」でも生垣の下や庭のあちこちに植えたクロッカスが、真っ先に咲き出して、春を告げてくれますが、もうひとつ静岡と東京の季節感が染み込んだ私にとって春告「花」と言えば水仙とミモザ。
 この冬は、都内でも水仙の花が年末に咲いたそうですが、静岡の実家では庭の水仙はお正月の花です。昔ながらの築山がある実家の庭には2月に咲く梅はありすが、ミモザはよそのお宅の花を拝むのみ。毎年2月ごろになると鮮やかな黄色の花を探してしまいます。

 仙台では、場所にもよるかもしれませんが、ミモザの地植えは難しいようで、私はまだ見たことがありません。でも、立春を過ぎるとどうしてもミモザが見たくなって買ってしまうのです。ただ、まだ白いホーローの水差しは目に寒いので、花瓶は赤。赤い花瓶に黄色い花はとても難しく、結局ミモザは1本のみにして、マーガレットと合わせました。

 冒頭の句は、春いちばんに目に飛び込んでくる鮮やかなミモザから受ける幸福感、うきうきした気分をうまく詠った句だと思います。それこそ、「季語が動かない」。俳句では、使われている季語がそれ以外に考えられないほどよく「効いている」場合、このように言われますが、私はミモザを見るとこの句も浮かんでしまうほど。この「五分後に恋あるごとし」を詠んだとき作者の晃(こう)さんはまだ学生だったはずで、みずみずしい表現を羨ましく思ったものです。

雪の夜

キンパコデマリとアストランチア.JPG

 きょうの雪掻きには1時間強。北側に5台分ある駐車場と歩道、そしてお客さまが歩くタイル張りの一部のみで時間切れとなりましたが、雪に水気があったおかげでスコップですくいやすく、雪の量のわりには早くすみました。
 もっともタイルの一部と車止めの奥は残ってしまい、夕方そこの雪掻きをしていると、西の山の端にいちばん星、うしろを見れば北東からちょうど昇ったばかりの大きな月。昨夜も買い物に行くとき大きなお月さまを拝みましたが、きょうのほうが大きなお月さま。満月だと思います。
 いちばん星とお月さまが出ているのに、北西のスキー場に目をやると照明がぼやけています。案の定雪掻きを終えてしばらくするとまた、少し雪がちらつきました。明日も雪掻き、雪の日サービスかもしれません。

 いまはもう雪も止んで、アスファルトが少し白くなっているだけですが、久しぶりの雪の夜。雪の夜には、雪の消音効果や人も出歩くのをつつしむせいか、独特のしずけさがあります。
 三好達治の「太郎をねむらせ次郎をねむらせ…」の詩も雪の夜の静けさを詠っていますが、俳句にも雪の句は多くあります。雪国の人々にとって雪は必ずしも美しいだけのものではないと思いますが、雪が珍しい地方の人間には雪は詩を誘うもの。歳時記にも雪の句はあまた収められているのです。例えば、雪が降ると必ず思い浮かぶ句によく知られたものでは、
 中村草田男の「雪降るや明治は遠くなりにけり」、
 室生 犀星の「ゆきふるといひしばかりの人しづか」、
 橋本多佳子の「雪はげし抱かれて息のつまりしこと」
などがありますが、もう一句『鷹』の大先輩の句を紹介したいと思います。

 雪の夜や宝石箱のろんるろん  伊沢惠(けい) (『鷹』1999年4月号)

 ひたぶるに降る雪の夜。いつもの街がまるで違う街のようにすっぽりと雪に包まれて、人気のない静かな夜。家々の明かりも早くに消えたが、外の雪のせいでぼんやりと明るい。そんな雪の夜、赤や青の大粒の指輪やペンダントの石はひときわその光を放って、箱がまばゆいばかりに輝いている。
 「宝石箱のろんるろん」を私はそのように想像しています。そんな神秘的な景も雪の夜は夢想させてくれるのです。
 惠さんは、何度か句会をご一緒させていただき、熱心なご指導もしていただいた方です。私の両親と同世代ですが、大柄でとてもおしゃれな方。まさに女傑といった感の惠さんには、ほかの人なら負けてしまうような鮮やかな色やゴージャスなものがよく似合っていらっしゃいました。しかし、惠さんらしく豪華なこの句が大好きだとお伝えする機会のないまま、先月亡くなられてしまいました。以前、惠さんが生まれた日は大雪で、雪という名前になるところだったと聞いたことがあります。お別れに行けなかったので、雪の今夜、惠さんの雪の句を思って過ごしました。    

 今週は、立春も目前なので花も春らしくしました。メインの花は、赤むらさきのアストランチアと白の小花のレースフラワー、さくら色のスターチス。奥のグリーンは、キンパコデマリと柿の葉に似たレモンリーフ。どれも葉のほとんどない花のため、レモンリーフは後から買いたしました。グリーンがないとせっかくの花もぼやけます。
 ところで、この花を買いに行ったときは月が出ていて、雪になるとは思ってもいませんでした。外の景とだいぶ異なる花になりましたが、寒い感じはないと思います。明日どれだけ雪が残るかわかりませんが、西側の公園の雪見はできると思います。ぜひ、雪見に。お待ちいたしております。

「くれない」の話

スターチスとスイトピー.JPG

 今週の花のご紹介です。

 俳人の細見綾子に「くれない(旧かな)の色を見てい(旧かな)る寒さかな」(このに2ヵ所は「る」に似た旧かな表記ですが変換できないため、新かな表記)という句がありますが、寒いとどうしても赤いものに目が行くもの。冬にはこの句を実感することがたびたびあります。特に、この句を知った札幌にいたときは、買い物途中街路樹のナナカマドの赤い実によく目が行ったものでした。

 この花瓶を置いているのはいちばん奥のコーナーですが、どうしてもある程度花瓶の大きさが必要な場所。やはり寒い時期は、白や透明のものよりも、暖かみのあるこの赤い花瓶になってしまいます。
 また、中に活ける花も暖色系に。「くれない」ではありませんが、赤みがかったオレンジのスターチスと、先週に続いて同じような色の花になりました。奥のストックやスイトピーも、白でもクリームがかっていると暖かく感ずるものです。

 ところで、きょうもまた、ときどき牡丹雪が舞いましたが路面を濡らすのみ。積もるには至りませんでした。
 札幌では、あちこちにあったナナカマドの赤い実は、冬のあいだ小鳥の大事な餌にもなっていたようですが、ナナカマドの赤い実に雪が積もった様は、雪晴れの青空によく映えてとても美しいものでした。ここでは、西側の公園のちょうどコブシ(1/1のコラムの冬芽の写真)の隣にナナカマドがありますが、この秋は実がほとんど付かず、赤い実は何も残っていません。
 というわけでその光景の写真がありませんが、ナナカマドは寒いところに育つ木。街路樹ではなかなか見られませんが、北海道にはよく植えられています。雪祭りに行かれる方は、大通り近辺にはありませんが郊外にはあります。どうぞ、探してみてください!冬の北海道の美しいもののひとつです。

おすすめの俳句の本

おすすめ!俳句の本.JPG

 きょうは、おすすめの俳句の本のご紹介です。

 ドイツのお菓子の紅茶店にもかかわらず、今年のお正月のコラムもいきなり俳句の話でしたが、俳句にまったく関心のなかった方にも読んでいただけているようです。また、紹介した句が好評なのも我が事のように喜んでいます。

 ところで、きのう紹介した奥野昌子さんの「図書室は森のしづけさ雪催(ゆきもよい)」を読んで、つぎつぎと思い出したなつかしい図書館があります。そのなかでよく通っていたのが、札幌の中央(?)図書館。藻岩山(もいわやま)のすぐ傍の図書館です。
 仕事を辞めて行った札幌ではドイツ語のボランティアに励んでいましたが、図書館には、ドイツ語の調べ物のほか、ちょうど札幌2年めの冬偶然NHKの俳句番組を見て俳句を始めてからは、俳句の本を借りによく通いました。雪の日も雪催の日も図書館までの道を市電に揺られていると、ハノーファーの市電を思い出したりしたものです。
 俳句の本は書店でもなかなか手に入りませんが、近所の本屋さんで買った入門書に飽き足らなかったのです。中央図書館には、入門書から中級レベルの作り方の本もよく揃えられ、句集や『俳句』『俳句研究』という雑誌のバックナンバーも充実していました。

 その何冊も揃った俳句の作り方の本を読み比べたなかで、これは!と思ったのが、『鷹』主宰の故藤田湘子(しょうし)先生の『実作俳句入門』(立風書房)。こちらは中級者向けなので初心者には難しいところもありますが、湘子先生が初心者のために書かれているのが『20週俳句入門』(立風書房)です。
 とにかく、とてもわかりやすい入門書です。私はこの『20週』に出合うまで回り道をしましたが、いろいろな入門書を読んだお蔭で、これがいちばん、と言えます。
 俳句を作るには、季語を知ることももちろん大事ですが、五・七・五と切れ字からなる俳句の型とリズムとを覚えることも欠かせません。この『20週』では、俳句を知らない者がまず俳句の詩としての型とリズムとを体得できるよう、俳句の代表的な型を湘子先生が分類し、その型ごとに作り方のポイントを解説したものです。実際初心者が型を使って作った句が掲載され、さらに、その例句のいいところ悪いところの指摘と、なぜよくないのか、どう変えたらいいのかという説明がなされています。例句の季語を変えるだけで驚くほどよくなった句に、季語の重要性も教えられました。
 意外にも、俳句の入門書を読み漁った9年前には、俳句の代表的な型を分類し、その型ごとにポイントを押さえつつ習得していくという入門書がほかにありませんでした。ほかはどれも漠然として摑みきれず、何となくわかるものの作るまでには至らなかったのです。現在の事情はわかりませんが、この『20週』が名著であることは確かです。

 その後入門期を過ぎて読んだのが、同様に湘子先生の『俳句作法入門』(角川選書)と『男の俳句、女の俳句』(角川書店)。両者とも、月刊の『俳句研究』に投句のあった句の選評ですが、実作者ならではの作り方の解説で、読むたびに発見がある本です。

 そしてさらに、俳句を読める、俳句に夢中になったら、読んでほしいのが、『俳句という愉しみ ――句会の醍醐味 ――』(小林恭二著・岩波新書)と『藤田湘子句集 神楽(かぐら)』(朝日新聞社)です。
 俳句を作るようになると、自分の作ったものがいいのか悪いのか、誰かに読んでほしくなるものです。そんなときには、これは!と思った選者が主宰する俳句の結社に入会し継続して投句し、選句を受ける。あるいは、句会に参加して投句し、参加者同士で気に入った句を選句し、句の感想などを述べたり聞いたりしながら、勉強していきます。
 『俳句という愉しみ』は、句会に出るようになったらおすすめしたい本。これは、1994年1月、8人の俳人が集まり1泊2日で行った句会の記録。一流の俳人の句の作り方と、句会の緊張感の伝わる良書です。 これに湘子先生も参加され、この句会で作った句も納められている句集が『神楽』です。たとえば、このときの句に「濛々(もうもう)と雪の竹あり謡初(うたひぞめ)」や「玉堂の山雨至れり冬の梅」という格調の高い句がありますが、湘子先生は次のような楽しい句も作る、幅の広い方でした。


 毛糸帽さて前後なし左右なし  藤田 湘子(『神楽』)

図書館と森の話

グリーンとフリージアなど.JPG

 先週の定休日の月曜日は牡丹雪から粉雪になりましたが、その後は晴が続き、雪は日曜日の午前中ひとしきり牡丹雪が舞ったのみでした。
 静岡に生まれて東京での大学入試までの間、雪遊びができたのは一度きり。以前3年間住んだ札幌で「一生分の雪は見た!」と思ったにもかかわらず、風花が舞うだけで狂喜した子どものころから全く変わらず雪が好きなのです。雪掻きをしなくてすむのは有難いものの、この冬は少々さみしい感も否めません。

 きょうもよく晴れて、残念ながら雪の句を紹介するような天気ではありません。
 空がどんより曇って冷え、いまにも雪が落ちてきそうな状態を雪催(ゆきもよい)と言いますが、きょうはそんな気配もありません。
 しかし、このまま冬が終わってしまうとも思えません。あらかじめ、雪催の句を紹介しておきます。


 図書室は森のしづけさ雪催  奥野 昌子(『鷹』2004年3月号)


 一読して、すぐさま心に浮かんだ図書館が2つ。
 ひとつはよく通った大学の図書館ですが、もうひとつは映画『ベルリン 天使の詩』のベルリンの国立図書館の場面でした。
 映画では、天使は、その姿が人間には見えないものの、いろいろな場所に現れては人間の傍に佇み、そっと見守っています。路上で遊ぶ子どもたちのかたわら、地下鉄に揺られながらあれこれ心配事を抱えた人々のかたわら…。人間の心の声が聞こえる天使たちは、自由自在にさまざまな場所に現れてはそっと見守るのです。
 そんな天使の現れる場所のひとつに図書館がありました。天使の耳には黙読している人間の声が届いているのですが、熱心に文字を追う人々のかたわらにも天使は寄り添い、人間とともに文字を追います。ぶ厚い牛乳瓶の底のような眼鏡の男の子や、年をとった詩人とともに文字を追うのです。
 しかし、天使と言っても、黒っぽいダブルのカシミアかウールのコート、その胸元をマフラーで覆っていましたから、図書館に天使が現れたのも冬。モダンな内部は明るく快適そうな空間でしたが、ドイツの冬ならば外はおそらく鉛色の雪催の天気だったと思います。

 ところで、奥野さんの句では「図書室」となっています。私は一瞬、高校の図書室も思い浮かべましたが、図書室には閲覧室の意味もあるので、学校などの図書室と呼ばれている場所でなくとも、図書館の閲覧室と考えてもいいと思います。
 その図書館の一室のしづけさを、「森のしづけさ」と詠っています。「森閑(しんかん)」という、物音のしない、ひっそりと静まりかえったさまを表す言葉もありますが、ここはあくまでも「森のしづけさ」。森閑とは違います。
 日本では、森というとほとんど山で、平地に木々が生い茂っているのはなかなか見られず、森のしづけさを体感することもあまりないと思います。ところが、ドイツでは、平地に森があり、散歩ができるようになっているところもあります。ハノーファーでは音大の隣の森に、その後住んだハノーファーの隣町のゼールツェでは畑道を歩いて森まで散歩に行ったものです。いまは、窓の向こうに雑木山を眺めながらも私有地なので入ったこともありませんが、仙台の前に住んでいた市川では近くに貝塚が雑木林として残され、買い物ついでに歩いたものでした。
 実際森を歩いた体験では、雪の森は別にして、森にはいろいろな音があります。人間の声はしなくとも、決して森閑としているわけではありません。森では、鳥や虫の鳴声のほか、木々の葉のせいで風の音もよく聞こえます。葉が落ちた森も、自分が歩くたびカサカサ、ピシピシと落葉や枯枝を踏む音がするのです。
 図書室も同じでしょう。話し声はしませんが、閲覧室では、資料を書き留めるペンの音や硬い床に鉛筆が転がる音、空席を探しながらコツコツと歩く音。もっと静かであれば、ページをめくる音が耳に入ることもあります。
 森も図書室も、何かしら小さな物音はあるものの、人の声はありません。図書室は、決して静まりかえって森閑としているわけではなく、物音のする「森のしづけさ」なのです。

「図書室は森のしづけさ雪催」
 私は、この句に、以前親しんだ図書館と森の両方を思い出させてもらいました。
 みなさまにも、図書館に行ったときや雪催のときに、この句を思い出していただけたら嬉しいです。

 写真は、先月の花。実は先週のグリーンとほぽ同じですが、同じカーネーションでも赤い花に白のフリージアを入れたものとでは、だいぶ印象が異なると思います。きょうは雪催の森の写真もなく、またこの写真もお見せする機会がなかったので、ご紹介しました。

Ein glueckliches Neues Jahr ! あけましておめでとうございます

冬木の芽.JPG

 おだやかに2007年が明けました。
 みなさまは、どのような新年、お正月をお迎えでしょうか?
 みなさまの新しい年のご多幸をお祈りするとともに、「モミの木」をよろしくお願い申し上げます。

 写真は、きょうのもの。西隣の公園の辛夷(コブシ)の芽です。
 葉を落した木々は、眠りつつも春にそなえて蕾や芽をふくらませていきます。温暖な地域では、そもそも秋冬一度に落葉する木々が少ないので、冬芽を目にすること自体あまりありませんが、街路樹のサクラや白蓮(ハクレン)の芽も目立つようになっているはずです。
 寒空のもと、少しずつでも確実に大きくなっていく冬木の芽を見るのは楽しみ。その姿に励まされることもあります。特に辛夷や白蓮の芽は大きく、目立ちます。俳句でも、冬木の芽は季語ですが、何の木の芽か具体的に表し、例えば、辛夷の芽を詠ったものもあります。

 鎌倉は五十六谷戸(やと)辛夷の芽  志田 千恵(『鷹』1999年5月号)

 谷戸とは、関東でいう低湿地のこと。広辞苑によると、鎌倉辺には地名として多く現存しているようです。鎌倉はあまり知りませんが、少し奥まったところには畑もあり、トンビの啼く声も、春にはウグイスの声も聞かれます。谷戸は、そんな、観光客の行かない、地元の人の暮らしがある隣といっていい場所かと思います。小山に囲まれ、近くに菜畑や農家もあるかもしれません。
 そんな谷戸の雑木の中に見つけた、辛夷。辛夷は、ほかの木々よりも大きな冬芽をつけるので、すぐわかります。あぁ、こんなに冬芽が大きくなっている!見上げれば、冬芽と、冬といっても北国とは違う、真っ青な冬空。この辛夷の冬芽がほころんだら春。春も近い…。

 この句では、「辛夷の芽」と季語が「置かれている」(「季語を置く」とは、俳句独特の表現です)だけなのに、読んだ瞬間このような景が浮かんできます。これは、季語の働き。辛夷の芽という季語が、何も言わなくても、鎌倉の真っ青な冬の空まで連想させるのです。ただ、逆に冬晴などの対象が大きな季語では、漠然としすぎて、辛夷の芽までなかなか想像できません。
 一般に、大は小をかねると言いますが、俳句の季語では、小が大をかねる、その場合が多いと私は思っています。(本や誰か先輩の口から聞いたことはないのですが、実感です!)例えば、以前井上すず子さんのあきざくら=コスモスの句、「あつまつて水は水色あきざくら」を紹介しましたが、コスモスから鰯雲を想像することはできても、鰯雲の季語からは、地上にコスモスも咲いているかもしれないけれど、ほかの花もいろいろ咲いている、とはっきりしません。季語のカバーする範囲が広すぎて、ポイントが絞れないのです。

 また、辛夷の大きな芽を見ると、春が近いこともわかります。そんなことから、春の訪れを待つ、期待も感じられます。
 「かまくらはごじゅうろくやと」。谷戸の意味、どんな場所かがわかれば、数も56とたいへん覚えやすく、リズムのいい句です。このビシッと言い切った詠いっぷりにも、春はもうすぐ!と確信した気持ちが表れていると思います。

 これから、鎌倉に初詣に行かれる方、どうぞ、辛夷の芽も探してみてください。仙台でこの大きさですから、もっと膨らんでいるかと思います。また、辛夷の芽なんて知らなかったという方も、気をつけてみてください。見つかったら、「鎌倉は五十六谷戸辛夷の芽」と浮かぶかもしれません。

  でも、鎌倉は遠いという方には、次の湘子(しょうし)先生の句を。湘子先生は、藤田湘子先生、2005年4月に亡くなられましたが、『鷹』を創刊・主宰された先生です。


 日本に松と縄あり初詣  藤田 湘子(『神楽』)


 どうぞ、2007年がよい年となりますように。ご多幸をお祈りいたします。「アイン・グリュックリヒェス・ノイエス・ヤール!」

クリスマス①

クリスマスの本①.JPG

逢ふまでの時間を書肆(しょし)にクリスマス  阪口 和子(『鷹』2003年2月号)

 一刻も早く逢いたいひととの待ち合わせ。ついつい約束よりも早く来てしまった。逢いたい気持ちを紛らわせようと飛び込んだ書店。目についたタイトルのものをパラパラめくるうち、心も少し落ち着いてきた。こんなところに探していた本が!などと見ていると、そろそろ時間。その瞬間からもう、気になった本のことはすっかり忘れて、待ち合わせの場所へ。もう待っててくれてるかしら?急がなきゃ…。


 日本のクリスマスというと、おおかた、子どもにはサンタクロースからプレゼントをもらえる日、若い人には大事なひとと過ごす日ということになっているようですが、キリスト教国のドイツでは、イエス様ご生誕を家族で祝う日。クリスマスには、離れて暮らす子どもも親元に帰って一緒に過ごします。ちょうど、日本でお正月を実家で過ごそうとする人々で混雑するのと同じような光景が見られます。
 24日の午後になるとにぎやかだったクリスマスの市も終わってしまい、街はひっそり。小さな子どもがいる家では、ツリーの飾り付けがまだなら、子どもを居間から閉め出しておおわらわ。ドイツでは、クリスマスの贈り物は天使のような姿をしたクリストキントがツリーの根もとや脇のテーブルにそっと届けてくれる、といわれているのです。
 24日の夜にはミサに行くため、家庭によって違うかもしれませんが、正餐は25日26日の昼。ドイツ語でクリスマスをWeihnachtenヴァイナハテンと複数形で表すように、クリスマスの祝日は25日26日の2日間なのです。街はいっせいに休むので、教会の鐘のほかは物音がしません。また、教会に行ったり、散歩に行くほかは外出もしません。私が子どものころまで、あるいは90年代に大手スーパーが元日営業を始めるまでは、物音がなくハレの日特有の厳かな空気が流れていた日本のお正月と似た感がありました。
 私が滞在していた家庭では、2日間とも昼が正餐。メインは、鵞鳥のローストGaensebratenゲンゼブラーテン、食後には、確かゼリーのほか、チョコレートとナッツのトルテ(デコレーションケーキ)でした。
 ちなみに、シュトレンは、このときいただいた記憶がありません。その家では、ギムナジウムの低学年とその卒業試験にあたるアビトゥーアを控えた(だいたい中学1年と高校3年にあたる)2人の男の子のお母さんは小学校の先生もしていたので、シュトレンは作らず市販のもの、すでにアドヴェントのうちになくなってしまっていたかもしれません。
 メインのゲンゼブラーテンは、2日目の26日も同じ。ご馳走といえども毎日似たようなものをいただくことや、街の静けさ、それに家族が集まること、外出といえば教会と神社の違いやその信仰に違いはあっても祈りに行くことなどを考えると、ドイツのクリスマスは一昔前のお正月によく似ています。

 ところで、クリスマスの句の作者阪口和子さんについては、同じ『鷹』の方でも私は存じません。ドイツとは違い、クリスマスでも書店やレストランが開いている日本のクリスマスです。しかし、俳句で「逢ふ」という文字を使ったら、恋の句。大事なひとに逢う前を詠った句です。野暮な詮索や説明は抜きにしましょう。逢う前の気持ちそのものは詠まれていませんが、詠まれていないからこそ、この句を読んだ瞬間に自分の経験がパッと蘇るのではないでしょうか。冒頭の鑑賞は、あくまでも私のイメージ。どうぞ、詠んだ方が自由に思いを巡らせてください。
 俳句は、読者が想像できる余地のある、そしてその自由が高い詩です。風景句ばかりでなく、恋の句もあるのです。

 写真は、ドイツに着いてすぐに買った本。ハノーファーのメッセでした。私の大事な本のひとつです。

風邪にご注意u.お茶の効用

雪の寒椿.JPG

 先日16日に玉井葉子さんという方の風邪の句「風邪に臥し二十四時間我のもの」をご紹介したところ、
「わかるわかる」とか「羨ましい」という声をいただきました!(コメント・トラックバックなどはできませんので、感想などはどうぞお問い合わせメールにてお願いいたします。商品のお問い合わせでなくとも大歓迎!好きで書いているものが読まれているという事実を知るだけでも嬉しいです。)

 でも、その句が羨ましいという方、明確な風邪の症状が出ていなくとも風邪の危険大だと思います。「休め!」のサインではないでしょうか?どうぞ、早めにお休みになってください!効く薬もひどくなってからではなかなか効きません。

 私はお客さまの口に入るものを作っているので特に風邪には注意しなければなりませんが、まずは、うがい。風邪の予防も仕事のひとつです。イソジンもおすすめですが、手元になければ紅茶や緑茶でうがいもいいと思います。お茶の成分のタンニンやテアフラビンに、ウイルスを不活性状態にする働きがあって、お茶のうがいも効果的だそうです。そう言えば、静岡の小学校のころ、うがい用に緑茶の水筒を持って来るように言われたものでした。

 ところで、きょう午前中一時ですが、牡丹雪が降りました。私が気がついた限りこの冬3度めです。去年は雪が多くて12月のうちから何度も雪掻き、お正月も雪掻きをしていましたが、有難いことに、まだ今年はその必要がありません。写真は、前の公園入り口の山茶花。雪がわかりますでしょうか?
 この山茶花が、玄関と風除室の窓から帰りがけにご覧いただけます。ちょうど扉の窓に切り取られたように見えるのです。平面図もドアの基本デザインも自分でやり、扉のすべてが木製で建具屋さんに頼んだものですが、山茶花は思いがけない贈り物。計算したものではありませんでした。
 
 なお、「モミの木」で雪掻きをした日には、雪の日サービスを行っています。雪が降っていても雪掻きをしていない日は、対象にはなりませんが、ランチや飲み物を少し割引いたします。詳しくはまた。

 どうぞ、みなさまご自愛の上、たのしいクリスマス、よいお年が迎えられますように。
 

カーネーションとレインボードラセナu. 風邪の句

カーネーションとレインボードラセナ.JPG

 今週と言っても、明日一日で定休日ですが、今週の花のご紹介です。
 実は、ここ数日風邪の初期の初期で、咽などの痛みはないものの、あまり無理をしたくないという状態だったため、花屋さんにも行けず、やっときょう、先週の花にカーネーションとドラセナを加えることができました。

 風邪には、早めに薬を飲んでゆっくり休むのがいちばんだと思いますが、今回はイソジンで何度もうがいをして、市販の風邪薬で治しました。
 
 風邪と言うと、俳句でも風邪や咳なども季語の一つです。
 中村汀女の「咳の子のなぞなぞあそびきりもなや」がよく知られていますが、風邪や頭痛などで寝込むと体はつらいのに心は解放感という機微をよく詠った句があります。
 
 風邪に臥し二十四時間我のもの 玉井葉子

 この句は、湘子先生(藤田)の『男の俳句、女の俳句』に紹介されていました。
 寝込むと必ずこの句を思い出し、ときに寝込みたいとも思ってしまいますが、やっぱり風邪などひかないにこしたことはありません。
 
 どうぞ、慌ただしい年末、風邪など召されませぬよう、ご自愛くださいませ。

めっきり寒くなりました!

11月23日の公園と山.JPG
 
 めっきり寒くなりました!
勤労感謝の日というと、東京あたりではまだ穏やかな小春日ですが、きょうこちらはご覧のとおり、冬晴れの風のつめたい一日でした。
 このコラムをさぼっている間、前回の11月7日の西隣の公園と小山の木々の色も変わりました。今年は、残念ながら、鮮やかな黄色やオレンジの黄葉というわけではなく、濁った茶褐色です。
 まあ、公園では、うつくしい黄葉と紅葉を楽しめましたので、よしとしましょう。

 ところで、勤労感謝の日が近くなると必ず心に浮かぶ句があります。
 『鷹』の大先輩の珍田龍哉さんの句です。『鷹』に掲載された号を調べる間がないので、今回は省略させていただきますが、もう何年も前から愛唱している句です。

 海を見に行かう勤労感謝の日 (『鷹』掲載)

 珍田さんは、鎌倉にお住まいの方です。きょうの仙台のように寒いと海はよけいに寒そうで行きたいとも思いませんが、千葉以南の湘南や静岡では、11月は暖かいうえに穏やかな晴れの日が続き、海は空の青さを映して、ほんとうに青々としています。私は、海よりも山の人間、あまり海を見たいと思うこともないのですが、暖かく晴天が続く11月と春の光の2月の海は、濁りも人気もなく、海を見るにはいちばんの時期だと思います。何しろ静岡の生まれなので、東海道線から左手に富士山、右手に真っ青な駿河湾が同時に目に飛び込んでくる景や、いちめん光のかけらの早春の海も懐かしい景です。

 珍田さんにはまだまだたくさん楽しい句があって、春の句ですが、「曲線は直線よりもあたたかし」など愛唱している句がたくさんあります。確認作業の時間がないので、勤労感謝の日の句も「あたたかし」の句も、漢字表記かひらがな表記か心もとないのですが、紹介させていただきました。できれば、みなさんにもこの句を思い浮かべながら勤労感謝の日を迎えていただけるよう、もっと前にご紹介したかったのですが…。気に入っていただければ、嬉しいです。

きょうは立冬u.落葉の句

もみじ.JPG
 
 きょう11月7日は、立冬。
 西側の雑木山は少し色づき始めた程度ですが、街路樹のカエデは早くも大半が落葉してしまいました。公園の黄葉もほとんど終わり、残っているのは葉が紅くなる木々のみ。
 
 天気は、午前中の屋根を叩く激しい通り雨のあと、昼過ぎからは雲間が切れ青空。
 写真のモミジは、公園の大きな針葉樹に囲まれ、守られるように葉を掲げていました!しかも、黄葉と紅葉、それにその間の色までそろっています。
 ところが、そのあと再び暗い雲が広がり、時雨のような雨。そして止んだ後、激しい雨。

 このような景色ときょう1日の天気の変わりやすさから、立冬ということが実感されます。

 「モミの木」は、私たちの終の棲家として建てたもので、アクセスのよさよりも眺めを優先したため、仙台駅からは、車の場合も地下鉄・バスを乗り継いだ場合も約1時間の距離。雑木山がすぐそこと言っても、三菱地所の住宅地の西の端で人里離れたところでもないのですが、冬になると、仙台の街中の天気や気温とは少々異なるようになります。
 また、山の天気は変わりやすいと言いますが、泉ヶ岳という、仙台の人が学校の遠足やキャンプなどに行く山が車で20分ほどの距離にあるせいか、冬はまさしく山の天気。例えば、晴れていると思ったら、さっと影って通り雨。あるいは、激しい雨も30分もすると上がって、嘘のように晴れるのです。

 こうなると冬です。
 木枯というほどではありませんでしたが風もあって、いったん2階まで吹き上げられた落葉が路上に吹き落され、何度かつむじ風に巻かれたあと、いっせいに吹き流されていきました。
 仙台に住むまで静岡や東京では、旧暦をもとにした歳時記の四季の区分や、立秋や立冬などの二十四節気(にじゅうしせっき)は全くしっくり来なかったのが、ここでは、きょうが冬のはじめと言われても違和感がありません。
 街中のケヤキの黄葉はどうでしょうか?ケヤキはよほど寒暖の差がないと鮮やかな黄色にはならず、茶褐色になるだけのようですが、初めて仙台に旅行で来た2002年の秋にはそれは美しいケヤキの黄葉が見られました。
 
 東京などこれから葉が色づく地域の方には少し早いですが、黄葉を飛び越して、落葉の句を紹介しておきます。
 『鷹』の大先輩の渡部よし子さんの句です。


 落葉道しあはせさうな犬ばかり (『鷹』2001年3月号)


 渡部さんはこの句の発表当時すでに卒寿の近い、東京の方です。
 それを考えると、よく晴れた、冬にしては暖かい日差しのもと、ご家族と一緒に散歩に出られた作者の姿が浮かびます。広い公園をゆったりと行くと、子どもの姿よりも、いかにも大事にされている犬が目立ちます。イチョウの大木の続く公園のなかの道には、黄葉が散り敷き、なかには長いリードをつけられて小走りにしている小型犬やじゃれあっている犬。そんな犬の姿に昔を思い比べて、変われば変わるもの、と少し溜め息まじりの作者の気持ちが、「ばかり」という一語に出ているように思います。

 以上は私の想像です。公園のイチョウの散り敷く道でなくても、遊歩道のような道でもいいでしょうが、ある程度犬が自由にできる幅のある道になるでしょう。東京だとどうしてもイチョウかケヤキになりますが、褐色のケヤキの落葉より私は美しくあたたかみのあるイチョウの黄色い落葉を思い浮かべました。
 東京などにお住まいの方なら、このような光景はよく見られると思います。そんなときにこの句を思い出していただければ、嬉しいです。

クリーム色のリューカデンドロンと秋の夕焼

10月第2週.JPG

 今週のお花です。
 先週はメインのお花をご紹介できませんでしたが、先週に引き続き、クリーム色のリューカデンドロンとベニバナに似たヒメヒマワリとを中心にしたアレンジです。今週はその後ろに、白の米粒状の花のシルバーキャットと白い実のシンフォリカルポスを足しました。ヒメヒマワリのオレンジ色がたった3輪なのに存在感があります。また、リューカデンドロンは、赤系統のものが好きでよく使うのですが、クリーム色は初めて。先週はまだ、花の部分(真ん中の芯に見えるもの)の全体が茶色になっていなくて、黄色っぽい部分がありました。見方によっては、目玉のよう。私には『ゲゲゲの鬼太郎』の目玉オヤジ(!?)のように見えてしまって困りましたが、今週はちょうどいい具合に枯れて、中心全体が茶色くなってくれました。
 
 今週はどうやらこのまま秋晴れが続きそうですが、水曜日の夕方、見事な夕焼を見ました。写真で、お見せできないのが残念です。
 「モミの木」は住宅街の西の角地にあって、西側は2車線道路のほか、公園、2車線道路、雑木山(三菱地所所有)と続きます。(いまのところ、西側に家は見えません!) この西側に木々の見える景が、ドイツにいたとき2番めに住んだ家からの眺めと似ていて、思わずここに決めてしまったのですが、お菓子を作る場所が西向きなので、何か仕事をしながらでも夕焼を楽しむことができるのです!でも、ほんとうに条件が揃わないと、なかなか見事な夕焼に出会えるものではありません。
 
 水曜日は、ラッキーでした。いまの時期、夕焼は5時ごろで、ちょうど自分用のクッキーの準備を始めたところでした。ふっと、顔をあげると、よく熟れていまにも落ちそうなほどの柿色をした夕空に、公園の木々や小山の木々が、影絵さながら黒々とありました。
 思わず浮かんだのが、『鷹』の先輩の目須田和子さんの句。

 秋夕焼待つときわれは暗き森 (『鷹』2004年1月号)

 この句は初めて目にしたときから忘れられなかったのですが、どう解釈したらいいのか、いま一つはっきりしないところがありました。なぜ暗い森なのか、夕日が射して森が明るくなることを待っているということなのか、あるいは、暗い森になりきって美しい夕焼のために自分は惹き立て役になろうということなのか、どう捉えるべきか決めかねていたのです。
 しかし、実際に見事な夕空に暗く佇んでいる森を見てわかりました。これは、夕焼のために自分は文字どうり暗い森となって待つのだ、という句なのです。別に、自分は暗い森で夕日に照らされるのを待っている、というのではなく(気がつけばそんなことは詠っていないということがわかります)、もう夕焼にひれ伏すような気持ちなのでしょう。

 なお、夕焼は、俳句では夏の季語です。夕焼は季節によって規模や色、激しさなどが違うので、それぞれ春夕焼、秋夕焼、冬夕焼と区別しています。夏がもっとも夕焼の規模も大きく美しいため、夕焼は夏の季語とされていますが、秋の夕焼は、短くも美しく、哀感や寂しさをかもし出すものとされています。

 夕方のひととき、なかなか夕空を見ることも、眺める時間をとることも難しいでしょうが、こんな時間は忙しいときこそ必要だと思います。もう10年以上昔、まだ東京の学習参考書の会社で働いていたとき、見事な寒の夕焼を見たことがありました。冬晴れが続いて、日も長くなったなと思って外を見ると、茜色の空に白い富士山。あぁ、いいものを見た、と疲れも吹っ飛びました。
 疲れたときこそ、外を見る。心がけたいものです。

散歩日和

2006.10.10.JPG
 
 今週の定休日は、2日間とも秋晴れに恵まれました。写真は、10月10日の西隣、谷間公園です。

 写真でもおわかりのように、西側の雑木山はまだあおあおとしていますが、公園ではトチノキの黄葉を始め、ハナミズキやサクラの紅葉も見られます。すでに谷間公園では黄葉がピークの感があります。公園を下ったところにある若干1mほどの川のせいで、底冷えがするのでしょう。このあたりでは、いちばん早い黄葉です。

 この公園の一周は、道草なしでおよそ20分。きのうはちょうど栗が落ちていたので、拾いはしませんでしたが、毬栗を観察したり、ナナカマドの実を探したり…。予定以上にのんびりしてしまい、途中で慌てて戻るはめに。

 結局、ドングリの木や胡桃の木がないか見たかったのですが、歩いた範囲ではわからず仕舞い。ドングリを見つけて何をするわけでもないのですが、ついつい拾ってみたくなるのです。ドングリは拾うだけで楽しいもの。拾い始めると、こっちの方がいいあっちの方がいいと、拾っては捨て、拾っては捨ての繰り返しですが、落葉を踏むのもその匂いも味わいます。

 ドングリを興に乗って拾ってみたものの、結局捨ててしまうというのは、私だけではないようで、『鷹』の先輩の池本陽子さんに次の句がありました。
 
 どんぐりを捨てぬ明日は何捨つる (『鷹』2005年1月号)

 ドングリを捨てる、あるいは捨てたとは経験があれば言えることですが、池本さんの場合、そこから自己を見つめて、己に、さあ、明日は何を捨てるのか、と問います。自分の古い殻を打ち破り、捨てる。新しい自分を手に入れるために、さあ、何を捨てる、と自分に厳しく問うている。
 
 この句に、私は襟を正す思いです。もっとも、私はまだまだ、捨てるより拾う方が必要な人間ですが…。

 今週は予報では秋晴れが続くようです。一足早い黄葉(もみじ)狩りにぜひ、どうぞ。

ホウズキいろのカツラの葉u.木犀の句

ホウズキいろのカツラの葉.JPG
 
 きょうは秋晴れの雲ひとつないお天気。
 うかうかしているとカツラの葉がなくなると、久しぶりに目の前の西側の公園を歩きました。
 
 実は、7月の下旬に、この谷間公園にクマが出没と区の広報車が注意を呼びかけていたことがありました。どこだろうと思っていると、何と「モミの木」から50~60メートル行った公園の北西の角に、クマ出没につき注意の真新しい札が立っていました。ふと下を見ると、大きさも色もクマのような黒っぽい茶褐色の岩が置かれている場所。もしかしたら、この岩がクマのように見えたのでは、と思いますが、ほんとうかもしれませんし・・・。何しろ今年はクマの当たり年。
 谷間公園いちめん芒の景は、もう少しすると黄葉や紅葉とともにとても美しいのですが、もしクマがいた場合見通しが悪く危険なためか、一部を残して芒も刈られてしまいました。おかげで、安心して散歩を楽しめましたが…。

 写真は、ホウズキのようにほのあかく染まったカツラの葉です。この枝は垂(しだ)れているわけではなく、撮りやすくするため少し手元に引き寄せたものです。ふつうカツラは黄葉するものと思っていましたが、1本の木でも黄色いところとこんなふうに紅葉しているところとがありました。先週の朝庭に出ると、公園のカツラのカラメルのような、しょうゆを少し焦がして塩気を除いたような甘い匂いが漂っていましたが、きょうはもうその香りはありませんでした。

 かわって、家の中にもよそのお宅の金木犀の香りが漂ってきます。金木犀の香りもクチナシや沈丁花とともに大好きなですが、金木犀は庭には植えず、ちゃっかり、よそのお宅の香りを楽しませてもらっています。(でも、近くに沈丁花はないようなので、ぜひ植えたいと思っています。)

 それにしても、金木犀の香りには幸福感があります。
 先日紹介した『鷹』の吉沼等外さんの句、「木犀や木臼(きうす)の中に猫仔猫」でも、木犀という季語がよく効いていると思います。確かに、使われなくなった臼の中で親猫とともに仔猫が重なり合って眠っているのはそれだけで充分に微笑ましい図ですが、木犀という季語によって、その芳香のほかに、秋のさわやかさと日溜りの暖かさ、さらには干布団のような日向くささまで連想され、眠っている猫の図とともに、いっそう幸福感が増したというか、思い浮かべるたび頬が緩むような一コマになったと思います。
 例えば、臼が庭の片隅に置きっぱなしになっているような田舎の家を想像して、庭にありそうな秋の花を想像してみます。花は猫が日向で眠りたくなるような時期のものでは、金木犀のほかは、コスモス、鶏頭、葉鶏頭、萩の花。つまり、いまぐらいの時期となるとあまり庭に花がありません。そのなかで、どれが気持ちよさそうに眠っている猫の親子にふさわしく、かついっそうその幸福感を表現できる季語か…?と考えると、私は木犀がいちばんと思います。それに、臼が使わないにしてもあるような家には、大きな木も多く、庭も昔ながらの木を主体とした庭のほうが考えやすいと思います。また、古くからの庭では、モッコク、モチノキ、モクセイの常緑樹が「庭木の御三家」だったそうです。
 季語の木犀からその芳香以外に秋の日溜りや空、臼という言葉から、句には説明もされていないのに、言い当てているかどうかは別として、家や庭まで情景が浮かびました。俳句は17文字なのに、的確な表現によって、読み手に上手く想像させるのです。
 
 蛇足ですが、木犀の「木」と木臼の「木」、「猫」と仔猫の「猫」。17文字の中に、同じ文字が2度ずつ現れて、響きだけでなく、見た目にもシンプルで、楽しいリズムがあります。
 みなさんは、いかがでしょうか?
 8月に紹介した井上すず子さんの「あつまって水は水色あきざくら」。この句をすぐ覚えたと思ったら実際にそんな景を目にした、という嬉しいお声もいただきました。この句の覚え易さにも、やはり、「あ」や「み」、「水」といった響き、字面両方のリフレイン、リズムが効いていると思います。リズムがいいとそれだけで、句も楽しくなります。
 等外さんの木犀の句はいかがでしょうか?
 
 ドイツのお菓子の紅茶店としてはまったく関係のないような話題ですが、花のような身近な季語の句を知っていると、ふっと思い出したときにとても楽しくなるものです。ぜひ多くの方に、と、楽しい句のお裾分けのつもりです。
 臼の中に猫というのはなかなか出会うチャンスがありませんが、木犀の香りにぶつかったら思い出してみてください。きっと、頬が緩んでしまうと思います。

金木犀、女郎花(オミナエシ)

女郎花②.JPG
 
 すっかり日が短くなりました。6時ともなるととっぷり暮れてしまうので、その前に北側の街路樹のプラタナスが落した葉を片付けたり、鉢に水をやったりと庭仕事をしています。つまり、閉店後では間に合わなくなってきたのです。(幸か不幸か平日の夕方5時すぎにいらっしゃる方はごく限られているので、このようなことができるのです。もっとも、17:30ラストオーダーなので、17:30終了ということもあります。)

 それにきょうは大事な仕事がありました。私はクチナシが好きで、庭に9本植えてあるのですが、先日お客さまがクチナシの葉にまるまる太った青虫(オオスカシバの幼虫)が付いているのを見つけてくださって以来、その青虫と闘っているのです。もう、何匹見つけては、落葉でつかみ取り、プラタナスの根本に移動させたことでしょう!もう大丈夫と思っていたのに、今朝も1匹、夕方も2匹捕獲しました。うっかりして、半分ほど丸坊主にされてしまったものもあります。春先は気をつけていたのですが・・・。
 そんなわけで、私は蝶を見ると、以前は暢気に喜んでいたのですが、最近では、うちで卵は産まないで!、と念じてしまいます。

 ところで、今年はじめての金木犀の香に出会いました。買い物の帰り道、自転車を漕ぐたびその匂いに近づいたのですが、また離れてしまい・・・。結局、木の場所はどこか別の通りのようでした。

 金木犀の薫るころになると、秋も3分の1が終わり、もう夏の名残も見当たらなくなります。くだものもりんごの季節になりますが、今週は、暖かいはおりものが恋しかった先週よりもお天気に恵まれたので、花は黄色の女郎花(オミナエシ)と赤く着色された雪柳の枝を主役にしました。ほかには、吾亦紅、バイカウツギの枝、奥に縁取りが赤いドラセナです。

 女郎花も俳句の季語で、秋の七草の一つです。名前のわりに背丈があり、芒くらいのものもあります。ちなみに、秋の七草はほかに、萩、尾花、葛の花、撫子、藤袴(フジバカマ)、桔梗ですが、いまの眼から見ると地味な感は否めません。
 
 そのせいか、女郎花の句も好きな句が浮かばないので、かわりに金木犀の句を挙げておきます。『鷹』の大ベテランの吉沼等外さんの句です。等外さんは確か80代の方ですが、句のなかにおおらかさとあたたかな視点とがあって、私はいつも等外さんの句が楽しみでした(表現が過去形なのは、単に私が俳句を作る時間がなくなってしまい、『鷹』を読む機会をなくしてしまったためです)。

 木犀や木臼(きうす)の中に猫仔猫 (『鷹』2004年1月号)

 木犀が薫る日溜り。田舎の家の庭の片隅に、使われなくなった臼が日晒しになっている。珍しいと思って臼をのぞくと、中には親猫と仔猫。みんなまるくなり、寄り重なって眠っている。
 読んでいる私も、思わず仔猫の咽を指で撫でたくなってしまう、秋のしあわせな一瞬の一齣です。
 
 ながく木犀の香が楽しめますように。

フェリカと吾亦紅

フェリカと吾亦紅.JPG
 
 きのうは久しぶりに秋晴れに恵まれましたが、きょうはまた曇りのち雨。静岡と東京が基準の体には、いくら晴れていてもきのうは10月の中頃のようなお天気。それが夜8時すぎに荷物の集荷に来てもらったときはびっくりするほど冷えていました!何度くらいとも言えませんが、俳句で言うと、「身に沁む」という季語のよう。きょうも肌寒い一日でした。

 あと一日で定休日になりますが、「モミの木」の今週の花は、思わず暖かそうな花になりました。
 手前から、ゴールデンレトリバーのような色の「フェリカ」、リューカデンドロン、吾亦紅(ワレモコウ)、いちばん奥の赤いのがドラセナです。葉物は、それぞれ庭で剪定したバイカウツギ、ヘデラです。
 
 フェリカは、2週間ほど前にも花屋さんで見かけて見送ったのですが、今週は暖かそうな色合いと、モヘアのセーターのような質感に迷わず手が延びました。個人的に言えば、色も、花びら(?)が毛糸のようにふわふわなところも、更に花のかたちまでも、静岡の実家に預けているゴールデンレトリバーを思い浮かべてしまいます。あるいは、犬を飼っていなければ、ライオンのような印象を受けるかもしれませんが・・・?
 
 吾亦紅は、茎の先に一つずつ、臙脂色の小さな花が卵形にあつまったもの。俳句では、名前のためか人気がある季語ですが、栽培物は別として、本来は秋に高原の草地や山の麓に自生するものです。
 吾亦紅の句を探してみると、「我も乞う」と連想される名前から付けたような句が多いのですが、亡くなった『鷹』の藤田湘子(しょうし)先生の句がありました。紹介するのは、例えば信州などの山麓のどこかに自生しているような吾亦紅です。

 どの雲の落し子ならむ吾亦紅 (『鷹』2003年10月号)

 この句では山とは一言も触れてはいませんが、吾亦紅の自生する場所と時期から、私には秋天に恵まれた山並みが思い浮かんできます。深く青い空には、一片の小さな雲のみ。あぁ、あの雲はどこから来たんだろう。どこか親雲のようなもう少し大きいのもいるはずだが・・・。山々の紅葉には少し早いものの、麓に立っている目の前には、秋の草々。なかでも、丈のある臙脂色の吾亦紅が目を惹く。きりぎりすなどの虫の音、少しひんやりした空気・・・。
 こんな景色を詠われたら、読んだほうも、「あぁ~、気持ちがいい!」と思いませんか?作者の湘子先生御自身もそんなお気持ちだったからこそ、雲にも、「お前さん、どっから来たんだい?」と呼びかけるような存門の境地だったのでしょう。
 ついでながら、昼の虫の声が想像できるのも、「吾亦紅」という季語のイメージの喚起力のおかげです。

 きょうは、これを書きながら、湘子先生とお話するような気持ちになりました。
 もしかしたら、近所を歩けば、吾亦紅も見つかるかもしれません。晴れたら、久しぶりに散歩がしたくなりました。お天気を願って・・・。

葡萄

 秋雨前線の影響か、きょうも曇りのち雨。肌寒い一日でした。
 
 もう9月も10日を過ぎてしまったのでないと思いますが、今年は西瓜を食べる機会がありませんでした。梅雨明けが遅かったことや、一旦梅雨が明けたものの、お盆休みも天気に恵まれなかったせいでしょう。買ったところで、せいぜい1/6か1/8カットのものですが、西瓜を食べない夏なんて、縁側で叱られつつも種をとばして食べていた頃には考えられない事態です。

 いまは梨や葡萄が主役。といっても、梨が食べたくなるような、梨で喉を潤したくなるような天気の日もなかなかありません。心していないと梨も終わってしまいますが、きょうはやっと今年はじめての葡萄をいただきました。

 葡萄というと、必ず、中村草田男の句が浮かびます。

 葡萄食ふ一語一語の如くにて

 草田男の句は、高校か中学の国語の教科書に、「万緑の中や吾子(あこ)の歯生え初むる」がありました。当時は、五七五の真ん中が「や」で切れること、わが子を意味する「吾子」という言葉や草田男という名前そのものに親しめず、確か、教科書の俳句の中で好きなものに挙手というときも、クラスの半分か3分の1くらいの手が挙がったにもかかわらず、私は別の句を選びました。といっても、ほかの句や自分が手を挙げた句さえ覚えていないのですから、この句の印象は特別でした。

 さて、掲句では、1粒ずつ葡萄を口にしていく様を「一語一語の如くにて」と比喩をしていますが、この句を読むとすぐ、一言一句、作者草田男が大事に大事に味わうように物を読んでいる姿も浮かんでしまうのです。ふだん物を読むときに一語一語噛みしめるように読んでいないと、一語一語を味わうように葡萄を口にする、などという表現は出てこないでしょう。
 私も物を読まないと生きていけないような人間ですが、食べるのは遅いくせに、本は早食いの性質。定休日はまとめ食いでもするかのように、物を読んでいます。ときどき、もっとゆっくり味わいつつ読みたいとも思うのですが…。
 ところで、草田男の葡萄ですが、私の独断では、巨峰だと思います。句では葡萄の種類は明言されていませんが、一語一語味わうように食べる葡萄といったら、美味さ、大きさ、珍しさから、草田男の時代には巨峰かマスカットが考えられますが、巨峰のほうがマスカットより上のような気がします。それに、マスカットの軽快な黄緑色よりも、巨峰の黒紫のほうが、ニーチェなどを好んだ草田男には似合うように思います。

 きょうの私の葡萄は、種なし巨峰。葡萄の種類もずいぶんふえて、キャンベルやベリーAも好きですが、特に好きなのは「スチューベン」。数年前秋田の乳頭温泉で口にして以来、必ず冬になるとスチューベンを探すのです。木で完熟させた上、専用の冷蔵施設で貯蔵してから出荷されるので、出回るのがほかの葡萄よりも遅いのですが、酸味が少なく、糖度が高いのです。ちょうど柿が出回るころと同じくらいだと思います。

 ちなみにドイツでは、みんながみんなそうかわかりませんが、葡萄は皮ごと食べます。私がドイツの小学校で授業のため滞在したとき、着いたばかりで行ったスーパーの前で、中年の女性が買ったばかりの葡萄を食べていました。それにも驚きましたが、さらに葡萄を皮ごと食べているのにも驚きました。また、ワインクリームトルテという、スポンジ生地の上に白ワインや生クリームなどをゼラチンで固めたものをのせたトルテがありますが、そのなかにも皮付きの葡萄が入っていますし、上にも皮付きのまま飾られています。習慣の違いでしょうか?葡萄を皮ごとというのは、ドイツが初めてでした。

 今年は夏が短く(仙台自体夏がよそより短い土地柄ですが)、夏を楽しむ余裕もありませんでしたが、食の秋も読書の秋もしっかり楽しみたいと思います。葡萄も本も、草田男にならって「一語一語の如くにて」です。

向田さんのこと

 ちょうど私の部屋から見える、向かいの公園の木槿(ムクゲ)は、まだ美しい時期ですが、ススキ(?)の穂が出始め、カツラやトチの木はもう、少し黄色くなり始めました!

 ところで、今年は遠藤周作の没後10年、向田さん(邦子)の没後25年だそうです。
 
 大学時代の夏休みは、もっぱら実家で読書でしたが、遠藤周作の文庫本を一気に読んだのも大学2年のころだったと思います。
 考えてみれば、「モミの木」を始めるきっかけが、このとき読んだ『留学』という中篇といえるかもしれません。
 実は、この登場人物の1人の、ランスの大聖堂の天使の彫刻には「中世の神的なものとルネッサンスの人間的なものが、結合した夕映えの光」を連想する、という台詞に惹かれて、3年になる前の春休みにヨーロッパに見に行ったのです。
 ところが、その天使の彫刻は、残念ながらランスの大聖堂の本物ではなく、パリの美術館のレプリカを見たせいか、私には感慨が湧かず、そのあと知ったドイツの彫刻家リーメンシュナイダーに心を奪われてしまいました。
彼のことが知りたいがために、ドイツ語ができるようになりたい→ドイツの小学校の授業→→→「モミの木」とつながりったのですが、もし、あの夏遠藤周作を読んでいなかったら…? あるいは、ランスの天使に惹かれていればドイツの家庭のお菓子ではなく、フランスの家庭のそれを作っていたかもしれません。

 こんな影響を受けた遠藤周作が没後10年というのは、迂闊なことに気がついていませんでした(たぶん、この年の8月末の同じ日に、夫の札幌転勤と、夫の大学時代の恩師であり私たちの仲人の先生が亡くなったのを聞いて、その訃報が飛んでしまったからにちがいありません)。

 一方、向田さん(親しみをこめてこう呼ばせてもらいます)の訃報は、それまで向田さんの名前も、なぜかドラマも著書もまったく知らなかったにもかかわらず、高校2年の夏からずっと心に残りました。
 きっと、訃報を聞いたのが祖母の家に泊まった朝だったこと。それも、行政書士の叔父が一仕事終えて帰ってくるなり、「向田邦子が死んだぞ。台湾で飛行機事故だってさ」と出迎えた叔母によく知っている人のような口調で言ったせいや飛行機事故という原因もあってか、その朝の蝉時雨も忘れられず、ムコウダクニコってどんなひと?と、ずっと気になっていたのです。
 その訃報で名前を知った向田さんの本を手にしたのは、やはり大学の2年のときだったと思います。
 『父の詫び状』に始まって、エッセイを次々読んでいきました。エッセイの主な舞台は、戦前から戦後にかけての向田さんの家庭ですが、時代は違っても、明治生まれの父方の祖父母と同居していたせいか、時代背景が異なって読みにくいということもなく、むしろ読み出したら止まらなくなってしまいました。授業中もこっそり読んでいましたが、思わずふきだしそうになって困ったものでした(そのあと私のお古を歯医者で読んだ母も、ふきださないよう苦労したそうです)。
 そして、すっかり向田さんのファンになった私は、学生の分際で友人や後輩とよく赤坂の「ままや」に行き、そのお惣菜もすっかり気に入って、いまでも「ままや」で覚えた「トマトの青じそサラダ」や「さつまいものレモン煮」、「人参のピリカラ煮」はよく作るというか、完全にわが家の味になっています。
 いつも8月もお盆が過ぎると、あぁ、もうすぐ向田さんの亡くなった日と意識していましたが、今年はもう没後25年と知り、最近は向田さんの本を読み返していました。
 ところで、向田さんのエッセイにはよくごはんの話が出てきます。私はごはんよりもパンという人間ですが、向田さんを読んでいるとついついおいしいおにぎりが食べたくなってしまいます。そこで、ふっと口をついて出来た句がありますが、俳句では向田さんの忌日8月22日が季語になっていないのが問題かもしれません。

 邦子忌や塩をきつめの握飯(にぎりめし)  里見 弓
 
 
 

コスモスと俳句の話

ワックスフラワーとコスモス.JPG
 
 ノロノロ台風と秋雨前線のおかげで、はっきりしないのに暑い日が続いています。

 今週の花といっても、明日一日、花も私も頑張れば、月・火の定休日です。

 今週はお盆も明けたので、少し秋らしくて、また涼しげな花、そして持ちがいいというのを条件に選んだのが、ピンクのコスモスと同じくピンクのワックスフラワーです。
 
 コスモスは漢字で「秋桜」と書き、「あきざくら」「しゅうおう」ともいうように、まさに初秋の花です。
 子どものころ、お盆に祖母の家に行くと、近くの用水路に沿ってたくさん咲いていたものです。
 そんなわけで、私にとってはどうしても戸外の花のイメージ。これまで部屋に飾ったこともなかったのですが、今週の花の条件にあうのがコスモスだったのです。ただ、持ちはいいかというと、線状のごにょごにょした葉の花なので、室内ではよくない方に入りそうですが・・・?

 ピンクの小花がかわいいワックスフラワーは私の好きな花。そもそもピンクの花は、私にとって甘すぎてあまり飾ることもないのですが、いちばんコスモスらしいピンクにあう花となったら、ワックスフラワーだったのです。
 ワックスという名前の由来はわかりませんが、花が終わりになる前に、針のような葉がぽろぽろ散ってしまうのが難点。元気なうちはいいのですが、床やクロスの上に落ちた葉の始末、とならないよう、気をつけなければなりません。

 その他のグリーンは、剪定した木イチゴ(ラズベリー)とアップルミント、ヘデラです。
 ミントは地植えでは殖えすぎると聞いていたので昨年鉢植えにしたのですが、鉢の方はを処分したものの、庭に根が残っていて繁茂しているのです。地下茎で殖えるミントや木イチゴはあなどれません。いまのところ、ジャムを作るには足りず、全部私の口に入ってなくなってしまうのでいいのですが・・・。


 ところで、私の趣味の一つに俳句があります。要は、現実逃避ができるものが大好き!なのです。
 俳句を始めたのは、夫の転勤で札幌にいたとき。偶然NHKの俳句講座を見て、30分楽しんでしまい、見終わってすぐその後から俳句を作り出してしまったのです。あれから、早9年。札幌のあと住んだ市川にいたときまでは、里見 弓(さとみ ゆみ)の名で、『鷹』の句会に参加して自分でも作っていましたが、仙台に来て「モミの木」を始めてしまってからは作る余裕がまったくなくなって、いまは『鷹』を読むのみになってしまいました。
 
 西側の公園やその向こうの小山、少し行くと続く田んぼも、俳句の材料になる・・・、というのも、ここに決めた大きな理由なのですが、もったいないことをしています。

 しかし、ありがたいことに、いままでいろいろな俳句に接してきたので、頭の中にすてきな句がたくさんあるのです。そんな句を、おそらく俳句には縁のないかたがたにもお届けしたいと思います。

 というか、コスモスときて、実作者としては悔しいのですが、必ず思い出してしまう句があるのです。
 『鷹』の仲間の井上すず子さんの句です。
 
 あつまって水は水色あきざくら (『鷹』2002年12月号)

 先に、私にとってコスモスというと祖母の家の近くの用水路沿いのもの、と書きましたが、この句の場合も川べりのコスモス。(以下私の想像です) コスモスに惹かれて川面に目をやると、川の水がまさに水色をなしている。ふだん使う水は無色透明、手に掬ってみても透明な液体にすぎない。それが川となって集まれば、こんなふうに水色になる!あぁ、水はあつまって初めて水色になるのだ。

 こんな日常の小さな驚きと発見(俳句を作る身には大きな発見です)が、簡潔に「あつまって水は水色」と表現されています。また、季語のコスモスもよく目にする親しみのある花ですから、読んだ人それぞれに自分の知っている川べりに咲くコスモスの景色が浮かんでくると思います(もしかしたら、湖もありうるかもしれませんが、少し特殊ですし、「水色」ですから池や沼は無理があると思います)。

 「あつまって水は水色」、とても語呂よく、覚えやすいフレーズです。

 このフレーズと個人的な思い出の景。それに、あぁ、そうだ、確かに確かに、という共感とで、コスモスというとすぐ思い浮かんでしまうのです。


 いかがですか?俳句というとむずかしいような気がしていたものが、思わず、そうそう、と思っているうちに、すっと心の風景に飛んでしまいませんでしたか?

 これからも機会があれば、俳句の話も続けていきたいと思います。
 お時間のある方、どうぞお付き合いくださいませ。